朝。わたしは気怠い気分で目を覚ます。窓からは光が差し込み、部屋の内装も綺麗な筈なのに、わたしにはどうにも暗く見える。
(あと二日で式典か。……取り止めにならないかな)
オーランドさんがつけてくれた侍女さんも代えられて、知らない人達に身支度を手伝ってもらいながら、そんなとりとめのない事を考える。
「よろしいですか勇者様? この聖国。そしてその中心にあるこの聖都こそ、全能なりし偉大なる七天主神ブライト様のおわす選ばれた国であり、我ら聖都の民もその選ばれた国の民である事に誇りと責務を持って」
「あ~……ははは」
朝食の後でやってきた、新しい側役ベリト君の言葉に乾いた笑みを浮かべながら、わたしはうんうんと相槌を打つ。
この人の話す事は、大半がこの国か自分自身の自慢話だ。それだけ国を愛しているという事かもしれないけど……ちょっと疲れる。正直に言って、レット君は口も態度も悪いけどどこか気遣いが感じられたのにこの人にはそれがない。
でも、本当に疲れる一日が始まるのはこれからだ。
「勇者様っ! どうかこちらにそのお顔をお見せくださいっ!」
「おおっ! あれが伝説にうたわれる勇者様か!」
わたしが聖都に来てから、毎日のように訪ねてくる勇者目当ての人達。その一人一人に笑いかけ、挨拶し、手を振る。それがどれだけ疲れる事か。
レット君が毎日あの手この手でこういった人達を追い返していたのは、わたしの負担を考えての事だったのだとつくづく思い知る。それなのに、
「ハハハ! そう。こちらにおわす方こそ勇者様です! 隣国の辺境の地にてみすぼらしい暮らしをされていたのを、我ら栄光ある聖護騎士団がこの聖都にお招きしたのです!」
ベリト君はそんな事に一切関心がなく、専ら考えている事はどうやって自分や自分の所属している騎士団をより良く見せるかという事。だから、
「なんで聖都の民以外の者なんかが勇者に」
そうぼそりと聞こえてくる陰口にも、何の反応も返さないんだろう。
「……はぁ……はぁ」
「勇者様。もう一度です」
大神殿の一室に設けられた訓練場。そこでわたしは教官の前で息を切らす。
「伝説によれば勇者様はあらゆる属性の魔法。特に偉大なるブライト様と同じ光属性を使いこなし、精霊種をも従え、その一撃は巨竜すら打ち砕くとか。だというのに」
こんな事も出来ないのですかと、教官の失望の目がわたしを刺す。
「……あ、あああっ!」
相変わらずわたしには、人を僅かに治す力はあっても、誰かを傷つける力はまるでなかった。
いくら前より強くなった魔力を更に高めても、いくら目の前が真っ暗になるくらい力を振り絞っても……火も水も土も風も、光以外の魔法はそっぽを向く。その光すら傷を治す事しかしない。だから、
「……もうよろしい。式典まであと二日。その中で勇者様による魔法でパフォーマンスを行う企画もあったのですが、それは白紙に戻した方がよろしいようだ」
「ま、待って。もう一度、頑張りますから」
ついに、教官も匙を投げた。よろよろしながら立ち上がるわたしを置いて、教官はどこかに行ってしまう。
ああ。やっぱり、わたしは……。
もう、疲れた。
「勇者様。この後は夕食の後で面会のご予定が……勇者様?」
「……へっ!?」
気が付いたら、わたしは自室の前に立っていた。ベリト君に声をかけられるまで、意識朦朧で予定をこなしていたみたい。
「勇者様。しっかりしていただきたい。そんな状態では式典で良い恥晒し。聖都の民がどれだけ嘆く事か。大体勇者様は辺境の地出身とはいえ勇者である自覚が」
「大丈夫。大丈夫だから……あれっ!?」
扉に掛けようとした手か空を切り、そのまま足の力が抜ける。
危ないと思った時には、もう目の前に床があって。
ガシッ!
「大丈夫かユーノっ!?」
ぶつかるという所で、力強く誰かに抱きかかえられた。ベリト君? ……違う。ウソだよ。この優しい声は。この温かな腕はっ!
「なんだお前は? 見たところ聖都の民でもない奴がどうしてこんな……ぎゃっ!?」
「黙っていていただきたいベリト殿。僕達はただの面会に来た元側役と」
「それとただのユーノの兄貴だけど何か?」
そこには、ベリト君を手刀の一撃で黙らせるレット君と、わたしを抱えたまま心配そうな目で見てくる、大切な兄さんの姿があって、
「夢なら…………覚めないで」
「ユーノ? ……ユーノっ!?」
急にどっと疲れが押し寄せて、わたしはそのまま深い泥に沈むように意識を失った。