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穏やかに眠る者 そして眠れぬ者

 注意! 今回は途中ユーノ視点があります。





「つっっかれたあぁぁっ!」

「本当に……本当にお疲れさまでした。ですが」

「分かってるよ。明日も公務だろ? けど……今日はもう動きたくない」


 長い交渉が終わり、宿に戻って即ベッドにダイブしたライを誰が責められるだろうか。ジュリアさんの窘めも大して強くなく、ライはすぐにそのまま寝息を立て始める。


「……はぁ。カイト殿もヒヨリ殿もお疲れさまでした」

「ジュリアさんもお疲れ様です。まさかあんな事になるなんて」


 力なく笑うジュリアさんに同じく疲れた笑みで返すと、ジュリアさんは「明日の護衛の打ち合わせをしてきます。夜中までかかるかもしれないので、カイト殿達はお先に休んでおいてください」と言い残して部屋を出ていく。


『いや~ホント。今日は疲れましたねぇ』

「まったくだよ。……やっといつもの口調に戻ったな。それともあちらの方が素か?」

『さ~てどちらでしょう?』


 寝ぼけたまま使用人達に寝巻に着替えさせられているライを横目に、ふわりとヒヨリが俺の肩に留まる。


『しかし開斗様。今回の交渉は』

「ああ。ブライト様の掌で転がされたな。ライには悪いが」


 俺はソファーに力なくもたれかかった。


 一見ブライト様の提案はこちらに都合の良いように見える。だが、あれはそう見えるだけだ。


(提案を断っても良い? この世界で神族様の提案を断れる筈ないだろうっ!? それに聖都に居る限り危害を加えないという誓いも、逆に言えば聖都を一歩出れば適用外。聖都側からユーノを送らせると言った部隊が、そのまま捕縛部隊に早変わりだ)


 提案を飲まなくてはこれからも村にちょっかいを出される。飲んでも課題に関しては何をやらされるか分からない。それにユーノの側も勇者の職務というのが結局不明だ。そんなぼろぼろの交渉だったが、


『ですが収穫はありました。……予言はこれで覆された筈です』


 ヒヨリの言葉通り、予言板から問題の文章は消えていた。直近の危機は去ったと見て良いだろう。


 神族による死亡ルートという極悪難易度を無事乗り越えたと考えれば一応金星ではある。勝利とは言いづらいが、行動の成果ではあるのだ。


『勿論ライ君の公務やユーノちゃんの様子を見に行ったりとまだやる事はありますが、あとは提案の通り三日後、もうすぐ二日後になる勇者をお披露目する式典に参加すれば聖都の滞在はいったん終了。皆で村に戻って少しは落ち着けるという訳です』

「だと……良いんだけどな」

『開斗様。危険に備えて考える事は良い事ですが、今日はもうくたくたですよ。こんな状態じゃ良い考えなんて浮かびませんって。ほらほらっ! 今日はもう休んで明日に備えましょう。


 いそいそと特注のナイトキャップを被って寝床に入ろうとするヒヨリを見て、確かに今は休んだ方が良いかと俺も就寝の準備をする。


 今日は……何日かぶりにぐっすり眠れそうだ。






 ◇◆◇◆◇◆


 今日もまた、あまり眠れそうにない。わたしはベッドの中で寝返りを打つ。



。拒否権は無しだ。精々もう一人のお前さんに負けないよう頑張りな!』



 そうブライト様に言われてから数日で、またわたしを取り巻く環境は大きく変わった。


 レット君やオーランドさんから引き離され、新しい側役と後見人に代わってから、毎日のように数日後に迫る式典の準備に次ぐ準備。


 勇者にふさわしい者であれという周りからの多くの期待の視線。


 なんで聖都の民以外の者なんかが勇者にという少しの妬みの視線。


 こんな事も出来ないのですかという増えつつある失望の視線。


「…………うぅ~」


 それらが頭の中でぐるぐると回って離れない。上質な布団に包まっている筈なのに、ちっとも暖かくも眠くもならない。


 そうしている内に気絶するみたいに意識を失って、気が付いたら外が明るくなる。そんな事を……繰り返している。


「兄さん…………会いたいよ」


 そんな言葉がポツリと漏れて、いつの間にかわたしはまた気絶するように意識を失った。





 トクンっ!


 胸の奥で、弱々しいけどはっきりと鼓動が聞こえた気がした。



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