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三十五 秘められた情熱

妖界。

扉を破る事件と修良の事件について検討するために、軍の臨時議会が開かれた。

山一つを丸ごと使って建てられた妖界城の一番上級の会議の間で、妖界の要人が集まり、事件についての報告を聴取した。

報告を担当するのは、扉事件の対応を任された珊瑚だ。

会議の間の真ん中に、鏡のようなつるつるな楕円形の石板が立っている。

珊瑚は手を石板に触れて、彼が見ていた事件の現場がつぎつぎと映し出された。

周りの石の座席に座っている人間型の大妖怪たちは、気を締めながら映像と報告を聞いた。

「扉事件の経緯の報告は以上になります。ご覧の通り、妖怪や人間の死傷が出ましたが、迅速的な鎮圧により、人間界への損害は最小限に押さられています。人間界の政府との交渉や、損害の後処理は現在進行中で、大きなことにならないと思います。複雑なのは、妖界と仙道のことでしょう」

珊瑚が言わなくても、みんなはその「複雑なこと」を知っている。

重大なできことなので、事件後に珊瑚はすぐ要人たちに通知した。

「それともう一つ、異常に思われることがあります。こちらをご覧ください」

珊瑚は画面を切り替えて、石板に洞窟のようなところが映された。

洞窟の中で、大きくて深い穴がある。

百匹くらいの狼、豺、鼬、猛犬など獣が鎖に穴の底に縛れていて、鬼の形相で暴れている。

「乱を起こした兵士たちです。鎮静と浄化の術を施したが、彼らが乱心のままで、人型にも戻れません」

「!」

珊瑚の話を聞いて、大妖怪たちは意外そうな表情になった。

次に映されたのは十人が手を繋いでも抱えきれない大きな柱。柱は金属のような質で、黒に近い赤色、上から下まで、たくさんの牢屋が掘ってある。

十数人の半人半獣の兵士が別々の牢屋に収監されている。どの兵士の目にも光がなくて、意識がぼやけているように見える。

「掴まれた百妖長は人型を維持できているが、同じく、理性を取り戻さない状態。訊問をかけても断片的な言葉しか話さない。今掴んだ情報から彼たちが乱を起こした原因を判断しにくいです」

大妖怪たちの中から質問の声があった。

「浄化や鎮静の術が無効ということは、何か、われわれよりも遥か強力な力に操られたのかね」

「可能性はあるでしょう。しかし、何人かの兵士を選んで、徹底的調べた結果、外部からの術が観察されませんでした」

珊瑚は一度うなずいたが、その推測を完全に肯定しなかった。

「われわれの目に観察されないほどの強大な術なのか、あるいは、『内部』からの影響なのか……」

「内部から影響?ということは?」

「――」

珊瑚は目を伏せて、短く止まってから、続きの言葉を言った。

「魔、です」

「魔?」

「乱心した兵士たちから魔の気配が感じられました。伝説によると、魔は生き物の欲望から生まれたもので、生き物を狂わせます。一度自分自身が生み出した魔に浸食されたら、外部からの干渉は極めて難しくなります」

「確かに、古い時代に魔に操られ、発狂する妖怪も多数いました」

大将軍の隣に立っている黒須くろす少尉は珊瑚の話に続いた。

「妖怪が昇格する時にも、よく自分の中から生み出した魔の念と争いますが、克服できないものではありません。今の妖怪たちが持つ力に比べれば、魔という存在は弱小で、こんな大規模な乱心を起こせるのでしょうか。それと、乱心の対象は普通の兵士と百妖長に限定しているのも引っかかります」

「おっしゃる通りです。その故に、引き金のようなものがあると考えています」

珊瑚はもう一度手を石板に触れて、修良が二人の百妖長を滅ぼす画面が映された。

「!!」

会議の間にいるのはほとんど数千年以上を生きていた大妖怪。

それでも、驚きの声がたくさんあげられた。

「彼の力について、先日送らせていただいた情報でも触れてます。明らかに仙道のものではありません。妖怪のものでもないです」

「その力が、兵士たちを乱心させた引き金、だと?」

不確かな口調で、とある大妖怪は話を催促した。

「順番的に矛盾がありますが、なんの説明もなく百妖長たちを殺した行動はあまりにも疑わしいです。彼の力は今回の事件の引き金ではなくても、われわれの知らない何か手掛かりを持っているのに違いないでしょう」

珊瑚は目を細くすると、その目から薄い夕日色の光が灯った。

「直接にその力を見たから言い切れます。その力は極めて危険なものです。この世の存在を一瞬にして無に返すような戦慄さを感じました。仙道と揉める恐れがありますが、さらなる危険を防ぐために、われわれはかのものを確保し、その力の性質を徹底的究明すべきだと考えています」

「……珊瑚までそんな恐ろしさを感じたのか……」

珊瑚は妖界の新世代の頂点に立つ妖怪。いつも温和な主張をする中間派。

彼まで危険を感じ、激しい手段を取るのを主張したら、事態の危険性は言うまでもなく。

大妖怪たちはすぐ結論を出した。

「軍の出動を許可する。天修良という人物を捕獲しよう」


妖界城の外、とある古樹の下で、囲碁の卓で甘栗を食べながら情報を待つ古兀がいた。

一匹の鼠が卓に跳び上がった。

「古兀さま、先ほどあの天修良という人物を捕獲する命令が下されました。珊瑚若将軍の提案のようです」

手下からの報告を聞いて、古兀は意外もなく顔で軽く笑った。

「やはり、『その方向』で動き出したのじゃ」

「しかし、昨日の夜にこちらの提案を断ったばかりなのに、なぜ……」

手下の疑問に、古兀は答えた。

「若将軍はああ見ても、小さき頃から責任感の強い子じゃ。苦しんでおる仲間を無視するようなことはしない。いままで温和な態度を取ったのは、管理者としての理性が情に凌駕しているかじゃ。じゃが――」

古兀は袖から一つの小瓶を取り出した。

小瓶の中に枯れた血色の粉が入っている。これは昨夜、彼が珊瑚を迎える香の中に入れたものだ。

「実の父親・威領いりょう大将軍の血に、常盤ときわの大蛇様の毒液で調和したこの『誘引剤』は、彼の秘められた情熱を導き出したのじゃ。彼はもうわしらの味方じゃ。必ず、この世界の完成に手伝ってくれるわ」

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