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第十章 逃れた悪鬼

三十六 挑発 

修良しゅうりょうは「妖界の扉」に向かった。

乱心した妖怪たちから「神」についての情報をもっと聞き出そうとしたが、鎮圧に出動した紅凛こうりん軍と仙道の人たちの手際がよく、乱を起こした妖怪たちはすぐ確保され、妖界に送還された。

もともと、人間を襲うのは偽旗作戦だろう。

真の目的はおそらく、その乱に乗じ、「旧世界の魂」を持つ人間を探し、旧世界への扉を開くことだ。

乱心した妖怪たちはほぼ完全に魔に浸食され、欲望を実現するために発狂した。

偽旗作戦は狂乱した彼たちが作ったものではない。

人間も妖怪も、心の中に魔が目覚めたら、大体三つの結果が待っている。

一、魔に勝ち、正常に戻る。

二、魔に支配され、我を失う。

そして、魔と共存する。

もし、上級の妖怪は魔に取り込まれつつも理性を維持して、欲望のために計画的に動いているのなら、発狂の兵士たちより何百倍も厄介なことになる。

事態を調査するために、一度妖界に行くしかない。


修良が選んだのは扉は、先日、幸一と珊瑚が通った九香くこう宮から一番遠い「双樹門」だ。

もちろん、修良には扉を通る許可を持っていない。

灰色の疾風に乗って、総門のある森の付近までき飛んだら、彼は丘の上に降りて、扉を通過する手段を考えた。

「平和的に脅迫(はなし)をすれば、目を潰してくれるといいけどね」

そう言って、修良の右手は、枯れた龍の爪のような形になり、黒い霧のような力を発した。

「それとも、力を示してから、交渉をしたほうが速いかな」

「!!」

力を示すための標的を探していたら、修良は周りの雰囲気の変化に察した。

周りに大量な赤色の影が現れ、その場で人間の姿になった。

あっという間に、修良は妖界軍の赤い軍服と甲冑を身に纏う兵士たちに包囲された。

「総門の中で待ち伏せて、気配を隠したのか」

修良は冷静沈着な目で兵士たちを見まわしてから、真正面に立っている珊瑚に話をかけた。

「私の行き先を予測して、こんな盛大な歓迎式まで用意してくれて、さすがですね」

「修良さんは妖界の今回の乱に興味を持っていますね。三人の百妖長を殺してもその『興味』を満足できなかったら、妖界にいらっしゃるのが自然でしょう。迎えに来くのは礼儀ですよ」

珊瑚はやや顎を上げて、修良を睨みつける。

「あいにく、客の気分で行くつもりはない。お互いが気まずくならないために、歓迎式を撤収してれませんか?」

修良は黒い力が溢れている右手の指を一本一本とゆっくり握った。

それ提案に対して、珊瑚は体の後ろに七本の赤い光を広げた。

「あいにく、こちらもお客様を迎えるつもりで来たのではありません。真実を知るために、代償付きでも修良さんを連れて行きます」

「珊瑚さんは見た目より堅物ですね」

修良は苦笑した。

「どのみち、私は妖界に行きます。そのうちに妖界軍を乱心させた原因も解決するから、妖界にも利益がありますよ」

「どうせ行くなら、それがしと同行してもいいのでは?それに、結果はどうであれ、罪滅ぼしにはならない」

「フッ、フフフ」

いきなり、修良は滑稽そうに笑った。

「何がおかしい?」

珊瑚は眉をひそめた。

「悪い意味ではないです」

修良は笑いを止めて、ちょっと微笑ましい表情で珊瑚に答える。

「幸一が珊瑚さんと気が合う理由は、やっと分かりました」

「?」

「外見はどう見ても、中身はバカ正直ですね」

「!」

「私は確かに、大罪を犯しました。でも、『罪滅ぼし』という言葉を私に使うものは、数万年もいませんよ」

「数万年……!あなたは一体……」

馬鹿にされた気分だが、珊瑚がもっと気になるのは「数万年」という言葉だ。

この世界の歴史は四万年と言われている。寿命が最も長かった大妖怪が生きていた時間もせいぜい二万年五千年くらい。

「数万年」を論じる修良は、一体いつから生れたのか……?どんな存在なのか?

「!!」

珊瑚の疑問に構わず、修良は右手を再び広げた。

「やはり、馬鹿な子に交渉を持ち込むより、行動で示した方が早い」

右手を始め、修良の全身から黒い霧のような力が燃え上がった。

「仕方がない、赤鎖せきさ陣だ!」

珊瑚の命令で、円陣を構える妖界軍は一斉に妖気を飛ばし、赤く光る半球型の結界を作り、修良を真ん中に囲んだ。


「あれを見ろ!」

蒼炎鳥に乗って「双樹門」の上空をかける幸一たちは丘の異変に気付いた。

手の甲に描かれた術に通じて、幸一たちは修良の居場所を追跡できた。

ありがたいことだけど、青渚一人だけが複雑な気分だった。

ここに来る途中、

「当たっても当たらなくても、俺が追跡方法を教えたことを絶対言わないでよ!」

と、何回も幸一に約束を要求した。

追跡の結果を保証できないので、青渚せいしょ景媛けいえん高乗こうじょう三人だけが幸一と同行して、ほかの弟子たちは別の方法を探しに行った。

幸いな結果に、幸一たちの追跡は正しく、肝心な時に駆け付けた。


遠い上空から妖陣と黒い霧の攻撃性を感じ、上級弟子の三人も思わず寒気に震えた。

「凄まじい妖気だ!妖怪たちは修良を捕まえに来たのか!早く止めないと!」

高乗の話を聞いて、幸一はサッと立ち上がった。

「この勢いは尋常じゃない!先輩は危ない!」

「待って、幸一!こんな場合はまず妖界軍と話を……」

青渚の続きを待たず、幸一は蒼炎鳥から飛び降りて、風の術で自分を加速し、修良に向かって飛び出した。

そのまま修良の傍に降りるつもりだが、大きな結果に隔てられ、幸一は結界の真上に降りるしかなかった。

「!!」

幸一の到来は妖怪たちと修良の目線を集めた。

誰かが声を出す前に、幸一は袖から細剣を出し、思いきり足元の結界に差し込んだ。

剣の先まで入れなかったが、ピリンっと結界に細い亀裂が入った。

「なんだあいつ!」

妖界軍に中から驚きの声が上がった。

修良は静かに頭を上げて、幸一を仰ぐ。

すると、全身の力が収まって、鋭い表情から温和そうな笑顔に戻った。

「わざわざ迎えに来てくれたのね、ありがとう。でももう妖界の皆さんと『平和』に話をつけた。私は彼たちと一緒に妖界に行く。幸一たちは九香宮に戻っていいよ」

「この嘘つき!さっきまでこっちをやっつけようとしたくせに、玄天派の人の前でいい人ぶって、何を企んでいる!?」

修良の変化が怪しいと思って、問いただす妖怪がいた。

その妖怪に、修良はちらっと目線を送った。

「!!」

修良の目線に釘付けられたように、妖怪の全身が硬くなり、一言も続けられなかった。

「将軍、どうしますか?」

隣に立っている副将は訊ねられたら、珊瑚は目を細くして修良をじっと見つめる。

(さっき一瞬の力比べからすると、赤鎖陣は彼を束縛できない可能性が高い。万全な状態の彼を妖界に連れ込むのは得策ではないようだ。もっと準備が必要だ。)

(彼の実力と行動を推測できない。こちらに何か有力な手駒があるといいな――)

「珊瑚、悪いけど、先輩は今玄天派の手配犯だ。俺たちは先輩を連れて帰る!」

「!」

幸一を見た瞬間、珊瑚の瞳に血のような深紅の色が浮かんだ。

そして、口元に狡猾な笑顔を浮かべて、幸一に返事をした。

「いいけど――」

「本当に!?珊瑚、お前は本当にいい人……」

「でも、担保が必要だ。でないと、それがしもやりにくい」

「!!」

修良はすぐに珊瑚の目的に気付いたが、彼が口を出す前に、幸一はもうその話に乗った。

「じゃあ、代わりに俺が行く!」

「馬鹿、幸一……!」

「幸一ならこう来ると思った」

珊瑚は満足そうな笑顔で手を上げて、妖界軍に指令を出した。

妖怪たちは妖気を操作し、陣の方向を逆転。

もともと修良を覆う陣が、幸一を中心に球体の結界を形成した。

「幸一――!!」

修良は結界を壊そうと黒い風を起こしたが、珊瑚は一歩先に火炎球を飛ばし、結界を自分側に跳ね返した。

「だめだ先輩!!」

もう一度術を発動しようと構える修良に幸一は呼び止めた。

「これ以上妖界と誤解を深めないでください!先輩は玄天派に戻って、師匠たちと相談するんだ!」

「……相談?何処の冗談だ」

修良の表情が曇った。

妖界軍は本格的に自分を捉えて、事件の裏を明かそうとしている。

「悪鬼の力」を使わない限り、「人間の体」で彼たちと対抗できない。

しかし、幸一の前では、その力を解放できない……というより、したくない!


修良は何のために躊躇ったのか分からないが、幸一に賭けたのは正解のようで、珊瑚は次の策を出した。

「幸一、賭けをしないか?」

「賭け?」

珊瑚はわざと修良に向けて、賭けの内容を宣言する。

「三日以内、修良さんは幸一のために、妖界に行き、今回の事件についての隠し事を全部白状してくれる。もし修良さんがそうしなかったら、幸一は修良さんの代わりに、妖界からの罰を受ける」

「!!」

「先輩は俺のために……?ちょっと意味が分からないけど、俺は先輩を信じる。先輩は責任から逃げない人だ。あんなことをするのは、必ず正当な理由がある」

「じゃあ約束しよう」

珊瑚は指先で細い炎を灯して、一瞬で宙に契約の文字を描いた。

幸一は迷いもなく、火炎の術で自分の名前を変化し、その契約の最後に「押印」した。

珊瑚は火炎の契約を手のうちに収まり、勝気な笑顔で修良に挑発した。

「それでは、妖界で待っていますよ。修良先輩」

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