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六十 閻羅殿の騒ぎ 

まもなく、紫苑の体は黒い煙となって消えた。

眠りに落ちた幸一は、紫苑の呼び声を聞こえた。

「……幸一様……聞こえますか?」

「紫苑さん?」

幸一は目を開けて、身を起こした。

目の前には一面の白い霧だ。

前回の経験もあり、身の軽さから、今の自分は意識のみだと分かった。

「よかった、成功しましたね」

幸一の霊体が割と安定していると感じて、紫苑はほっとした。

「では、幽冥界に案内しますので、おのれから離れないでください」

そう言って、紫苑は先導に霧に入った。


黒白無常が案内した時に似ていて、白い霧の後に続いたのは薄暗い森道だった。

しばらく歩いたら、紫苑は足を止め、表情を引き締めて幸一に警告をした。

「幸一様、この先は、あの閻婕妤えんしょうようの領地に繋がっています。彼女に見つからないように、しばらく息をひそめてください」

「なんで?ちょうどいいじゃない。やつを捕まえて閻羅王えんらおうとやらの前に連れて説明を求めよう」

「えっえ――!?」

幸一があたり前のような表情で提案したら、紫苑は思わず声をあげた。

「前回は不意打ちされて、その後、紫苑さんの救出を優先したけど、今回は清算のために来たんだ」

「しゅ、修良様を探しに来たのでは……」

「そうだよ。先輩と一緒にあの悪行閻羅王を辞任させるために……」

「そ、そんなこと、聞いていません!!」

とんでもない恐ろしいことを聞いたように、紫苑は頭を抱えて強く震えた。

「ああ、そうだ。紫苑さんに言ってなかったんだ。ごめん!」

(「ごめん」で済ませることですか!?そんな行動に巻き込まれたら、おのれはきっともてません!!)

抗議したいけど、幸一が恩人で逆らえない強い力の持ち主、紫苑は自分で涙を呑むしかなかった。

紫苑は自分の不幸を嘆いたら、道の向こうから灯籠の光が急接近してきた。

「どけどけ!!」

二人の人影は叫びながら道の真ん中を走っている。

不注意で避けられなかった紫苑はぶつけられて、道辺に倒れた。

「!!」

「ちょっと待って!!」

目も手も早い幸一は瞬時に紫苑をぶつかった人の腕を掴んだ。

「人をぶつけたんだ。謝りもしないのか!」

「そんな暇はねぇ―――玄幸一!?!」

掴まれた人は幸一を見て、目を大きく張った。

「お前たち、黒白無常くろしろむじょう!!」

掴んだのはなんと黒無常で、幸一も意外だった。

「ちょうどいいところだった!お前を探しに行こうと思った!」

幸一を逃さないように、白無常はさっそく幸一の左腕を掴んだ。

「まさか、父にまた何かあったのか!?」

「違う!お前の兄弟子だ!」

黒無常もサッと手を引き戻して、逆に幸一の右腕を掴んだ。

「先輩が!?まさか、もう閻羅王をやっつけたのか?」

「違う違う!とにかくついてこい!!」

白無常と黒無常は左右から幸一の腕を抱えて、猛速度で来る道へ走り出した。

「こ、幸一様――!!」

紫苑が気付いたら、三人の姿はもう完全に闇の中に没入した。


一気に閻羅殿のある宮殿の前に走って、黒白無常はやっと幸一を放した。

これ以上走りたくても平道はない。宮殿前の広場にたくさんの兵士が倒れていて、出入りの障害物になっている。

周りに普通に立っている兵士もいるが、みんなビクビクしていて、何か恐れているようだ。

「これは、一体どういうこと!?先輩がやったんじゃなよな!俺が来る前に衝突しないって約束したんだ!」

惨状を見た瞬間、幸一の心臓がドキッと重く跳んで、「やばい」と直感した。 

「衝突より……巻き込まれたんだ!」

白無常が話を返す間に、宮殿の正門から、また数十人が外に飛ばされた。

「とにかくお前の兄弟子を何とかしろ!清朗様とずっと対峙しているんだ!」

飛んできた人たちを避けながら、黒白無常は幸一に要求した。

「先輩と冥清朗が!?」

幸一はとにかく中に入ってみようと走り出そうとしたら、いきなり、誰かに足を引っ張られた。

振り向くと、地に倒れている一人の青年男性が上半身を起こして、彼の足首を掴んだ。

男性は文人っぽい顔をしていて、金色の刺繍が入っている豪奢な黒い服を着ている。地位の高い者に見えるが、髪も服装も乱れて、痩せた顔も色が暗く、様子がかなり狼狽だ。

「きゅう、救援を連れてきたのか?で、でかしたぞ!」

男性は黒白無常に向けて嬉しそうに叫んだ。

「あなたは……?」

訳も分からない幸一は男性の身分を問った。

男性は慌てて何処から冠を探り出して、自分の頭にかぶった。

「よ、余は、この幽冥界の秩序を管理する閻羅王だ――しかし、彼の者たちの乱闘によって、幽冥宮に戻れなくなり……」

「姪の悪行を放任するあの閻羅王か!」

閻羅王の話の終わりを待たず、幸一は先に問いただした。

「えっ……姪の悪行?なんのこと!?」

「今はお前に構う暇はない。後でちゃんと清算させてもらう!」

修良のことを心配する幸一は思いきり足を蹴り上げて、閻羅王が投げ出された。

「あああ!!」

短い悲鳴の後、再び地面に落ちた閻羅王は頭が打たれて気絶した。

幸一は一陣の風となって宮殿へ走った。


宮殿の中に、すさまじい霊気が充満している。

しかも、二種類の霊気が衝突して、乱流となってあちこち走り回る。

宮殿の中にまだ事態を阻止しようとする兵士たちがいる。

しかし、大体の者は無規律に走る衝撃波に飛ばされた。

直進に危険を感じたので、幸一は修良からもらった短剣に突進の術をかけて、廊下に投げた。

短剣は彗星のごとく乱流を切り分け、霊気の衝突が一番強いところへ飛び出した。

短剣の後を追って、幸一は冥清朗に会った閻羅殿の外まで来た。

広間の中に、修良と冥清朗、顔そっくりの二人が相手を圧倒するように全身の霊気を燃やしている。

二人の間に、幸一の父・玄誠実げんせいじつの魂が立っている。彼の後ろに、白灰色に輝く渦巻が宙に浮かんでいる。

よく見て見たら、修良の力は玄誠実を渦巻に押し付けて、冥清朗の力はそれを阻止している。

相反する二種類の霊気は衝突の波しぶきを飛ばし続けている。

「先輩!!」

幸一は大声で修良を呼んだ。

「!!」

幸一の到来に気付いて、修良は一層力を燃やす。彼の右手が悪鬼の姿になり、掌で小さな竜巻を作り出し、玄誠実と冥清朗のほうに投げた。

冥清朗も負けないように、両目が強く光って、額の真ん中で白い光の玉を作った。その光の玉が急速に大きく広げ、防御の壁となり、玄誠実を中に取り込む。

竜巻が防御の壁とぶつかる一瞬、宮殿を震わせる爆発が起きた。

「父様――!!」

幸一は考えもせずに、爆発の中心に飛び込んだ。

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