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第十八章 世界(とき)を越える再会

六十一 神を求める

一人(一魔?)になった紫苑しおんは、森でしばらく漂っていた。

幸一こういちたちを追うつもりだが、閻婕妤えんしょうようを忌憚して、なかなか進まなかった。

遠回りはできなくもないが、幽冥界に彼より強い存在がほかにもたくさんいる。また閻婕妤みたいなやつに出くわしたらどうする?

まして、彼は今、とても怪しいの指輪を持っている。珊瑚はそれに興味を示していた。ほかにもそれに興味を持つ者がいるかもしれない。

自分の力じゃ、狙われたらきっと無事で済まない。

一刻もそれを修良に渡して、任務を終了させたい。

いろいろ考慮した結果、紫苑は勇気を出して、閻婕妤の領地の隣を通ることにした。


でも、どうやら運が悪く、すぐに閻婕妤に感づかれた。

お酒の香りと共に、周りに不気味な霧が現れ、森道は閻婕妤の屋敷に変わった。

「しまった!」

紫苑は逃げようと身を翻したが、閻婕妤はすでに彼の後ろに立っていた。

「あら、家畜の紫苑さんじゃない。おかえりなさい~」

「!」

閻婕妤の両袖から蜘蛛の糸のような黒い糸が大量に噴出して、紫苑の両腕を縛った。

「どうしておのれを見逃してくれないですか?おのれは、あなたの欲しがる恋心がないじゃないですか!?」

紫苑は必死に足掻いたが、黒い糸がとても丈夫で、彼をさらにきつく縛る。

閻婕妤は紫苑の顔を掴み、カエル舌のような長い舌を伸ばして紫苑の顔を舐める。

「あんたの顔、好みだわ~食べられなくても、観賞用に取っておきたいわ。特に、あんたがボロボロな姿で小屋で絶望にもがいている姿、見てて本当に愉快だわ」

「そんな、悪趣味です!!」

紫苑は全身の力を絞って、やっと閻婕妤を押しのけた。

その反動力で彼は後ろへ倒れた。

「あのおせっかいな玄幸一との決着はまた今度にするわ。まず、あなたを誰も見つからないところに縛りつくわ」

閻婕妤は黒い糸を紫苑の頸にも巻いてから、思いきり糸を引っ張った。

「あっ!」

魔がこの程度の苦痛で死なないが、紫苑はひどい屈辱を味わった。

(おのれは、どうしてこんなにも弱いんだ……!)

もう一度自分の弱さを憎んでいたら、紫苑の頭の中から不思議な声が響いた。

(力が欲しいのか?)

(自分の名前を思い出せ――)

(そして、失われた神に奪われた力を呼ぶのだ)

その同時に、懐に入っている指輪から不思議な波動が広げて、紫苑に共鳴を求めるように彼の胸を打つ。

(おのれの名前……?おのれは、おのれは……)

頸がきつく縛られ、紫苑の意識がだんだん薄れていく。

意識が消える寸前に、その答えがやっと浮かび上がった。

(そうだ。おのれは――「心魔」だ……)

紫苑はぱっと目を開けた。

(幽冥界は意識のみの世界。まして、魔であるおのれには、実体への攻撃が効くはずがない。今まで感じていたすべての苦痛は、この怨霊が糸に通じて、おのれにかけた幻像だ!)


閻婕妤の攻撃の仕組を理解した紫苑は冷静を取り戻した。

初めて自ら閻婕妤の目を直視した。

「そんなに、おのれが怖いですか……?」

「!」

紫苑の変化と言葉に、閻婕妤はびっくりした。

「やっと思い出しました。初対面の時、おのれに恋心がないことに気付いたあなたは、おのれを閉じ込めるつもりはありませんでした。おのれは、自分の力を口にするまでに――」

「!!」


初対面の時に、掴まれた紫苑は命乞いのために閻婕妤に言った。

「おのれは魔だけど、武力が全くないです。できるのは、人の魂の傷や心の悩みを覗くことくらいです……貴方様の領地に入ったのは本当に偶然です。今すぐ離れます。決して、貴方様の妨害をしません!」

しかし、それを聞いた閻婕妤は逆に暴走して、紫苑を小屋に縛り付けた。


「その時から、あなたの名前がおかしいと思いました。『婕妤』は生前の宮廷内での肩書、死んでもそれで自称するのがおかしいではないですか?ひょっとして、あなたは、自分の名前や過去を隠しているのですか?」

「!!」

閻婕妤の顔が青ざめて、両目が獣のように充血した。

「ふ、ふざけるなよ!この無能な弱虫!!」

閻婕妤は口を大きく開けて、紫苑の頭を飲み込もうとしたが、紫苑は必死に避ける衝動を抑えて、そのまま閻婕妤の口に入った。

すると、一瞬にして閻婕妤の生前のすべての出来事を読み取った。


幽冥界の官職を求める魂は、人間界の少女に転生した……

家は貧乏だけど、隣人に助けられ、隣人の家の可愛い娘と友達になった……

まもなく、その友達は、皇帝の妃候補に選ばれた……

運命の「不公平」に悔しく思う少女は――

友達を崖の下に突き落とし、嘘をつき、友達の両親の養女となり、友達の名を騙って後宮に入った……

聡明と美貌で初老の皇帝のお気に入りになり、婕妤の地位を手に入れたが、皇帝の心がすぐにもっと若くて美しい女性のほうに移した……

その時、死んだはずの友達は皇太子妃の身分で目の前に現れた……

友達の噂を捏造し、皇太子を誘惑したが、厳しく断られた……

皇太子を蹴り落すための政治反乱に加担したが、反乱が失敗して牢屋入り……

罪人という烙印を付けられ、遠い貧しい土地に追放された……

人生を終えて、魂が幽冥界に戻り、試練失敗だと判定された……

(ああ、なんでいつもいつもわたくしだけが不幸になるの!?わたくしはただ愛され、恵まれる人生が欲しいのに!何が悪いの!?)

閻婕妤の魂の高い叫びは紫苑の耳を貫く。


「何度も貪欲や嫉妬に負けて、あなたは人間としての試練を超えられませんでした。その『心魔』に捕らわれて、怨霊となったのですね」

屈辱な記憶に浸し、発狂しそうな閻婕妤に、紫苑は淡々と彼女の偽装を剥がした。

「違うわ!その審判がおかしかったの!!世の中の者、皆自分の幸せのために頑張ているんじゃない!?わたくしは正当な努力をしてただけだよ!間違っていないわ!」

「素直に自分を見つめないあなたは、過去も、今も、未来も、『心魔』に勝ちません――」

紫苑は指輪を中指につけて、その共鳴に答えた。

たちまち、紫苑の体が黒い霧となり、閻婕妤の頭を貫通して、外へ吹き出した。

「いやあああああ―――!!!」

閻婕妤の体は黒い霧い蝕まれ、灰色の煙と化した。

彼女の力によって作り出した石の森や屋敷が、幽冥界の闇の中で音もなく消えた。

「これは……おのれがやったのですか?」

もとの姿に戻った紫苑は、失神したように森道を見つめて、さっきの一連のできことを振り替えた。

「失われた神に奪われた力……」

しばらくして、紫苑は指につけた指輪に視線を移した。

「その力があれば、おのれは、強くなれるかもしれません……!」

その時、一種の逆らえない意志が彼の頭に刻みつけられた。

(そう、旧世界の力を求めよう、失われた神を連れて、旧世界の扉を開こう!)


紫苑は閻婕妤を消滅したのは、幽冥界の片隅での小さなできことに過ぎない。

もっと面倒なことは、まだ閻羅えんら殿で上演している。


修良しゅうりょう冥清朗めいせいろうの力が起こした爆発に飛び込んだ幸一は、背中で冥清朗が作った壁を抑え、両手を突き出して修良が打ち出した竜巻を受け止めた。

竜巻から飛ばされた風の刃は、幸一の顔と体のあちこちを切りつける。

「!!」

幸一を傷付けないように、修良はすぐに竜巻を収めた。

対抗する力がなくなり、冥清朗のほうも壁の前押しをやめた。

一息がついた幸一は、ムキムキに修良に問いただした。

「先輩!説明してくれないか!俺が来る前に、幽冥界の者と衝突しないと約束したんじゃない!!」

「……」

修良は内心で少し焦った。

幸一が来る前に玄誠実の一件を解決するつもりだったが、冥清朗は思ったよりも厄介だった。

見られたらしょうがない、まず問題を冥清朗のほうに投げよう。

運が良ければ、幸一の父のことを誤魔化せるかもれいない。

「約束を違反していないよ」

修良はいつもの沈着を装って、軽く笑った。

「そのもの、幽冥界の者ではないから」

「!」

幸一は修良の視線を沿って冥清朗を見る。

その修良と瓜二つの顔が不信と疑問に強く引き締められている。

「またそれか、なんのことか意味が分からない」

修良は鼻で笑って、答えを明かした。

「まだ思い出さないのですか?あなたは我が玄天派を立てた、仙道の始祖と呼ばれる者――清明神君せいめいしんくん様ですよ」


「冥清朗が、清明神君!?」

修良の言葉は、見事に幸一の注意力を移転させた。

「幸一、清明神君の小説の最新話、覚えてる?」

「最新話?最終話ってこと……?」

幸一は物語を思い出した。

「世界を救った清明神君の前で、天からの使者が現れた。使者は、神々が清明神君に神の職位を用意されたことを伝えて、清明神君を天に召そうとした。清明神君は自分の一生を振り返って、仲間たちを思い出して、微笑んだ……そこで終わり」

「その後、どうなったと思う?」

修良は冥清朗を見つめたまま、片方の口元を上げた。

「もちろん、その召喚を断って、みんなと一緒に人間界に残った…と思う!」

楽観的な幸一だから、いい結末を想像した。

でも、修良の口から告げられた結末は別物だ。

「一度断ったのは間違っていないが、清明神君は天に召された」

「!?」

「清明神君はもともと『神の卵』だった。彼が人間に転生した任務は仙道を立て、世界の秩序を維持すること。任務を完成した彼は、神としての試練を乗り越えた。神としての使命を思い出した彼は天に戻って、神となった。その代わりに、人間だった頃の仲間も、弟子も、恋人も、すべてを忘れた」

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