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六十三 最後までの信頼

対峙していた時の控え目の押し力と違って、今回の雷は強い攻撃性を持っている。

冥清朗は再び防御の壁を展開し、辛うじて修良の攻撃を食い止めた。

「先輩!やめろ!」

その攻撃の威力を見て、幸一は大声で修良を止めた。

「!!」

幸一の声で、修良の真っ暗な目に光が戻って、攻撃を収めた。

修良の足元が揺れて、大きく冷気を吹いた。

今の一瞬、力を制御しきれなかった。

この世界で目覚めてから、初めて制御を失いそうな感覚があった。

その理由はおそらく、「恐怖」だ。

冥清朗がここまでのことを知ったとは思わなかった。

世界を騙して、隠し続けていた幸一の本当の姿は、もう隠し切れない。


修良が心配している通り、冥清朗は、幸一の本当の姿を明かす。

「あなたこそ、旧世界で試練を乗り越えた唯一の魂。もう功徳円満で、天に返るはずだ。再び人間界という試練場で生れることはない。しかし、旧世界から逃れた一匹の悪鬼は、あなたの魂を攫って、密かにあなたを人間に転生させた」


「俺を転生させた、悪鬼……?」

普段にそんな話を聞かされても、幸一は馬鹿馬鹿しいと思うだけだが……

今は、修良の様子が気になって仕方ない。

それに、母の前世の記憶で見ていた景色ももう一度浮かんできた。

あの世界を滅ぼした悪鬼は、間違いなく、修良だった……

あの無数の人を殺した前世の自分に歩んできたのも、修良だった……

もしかしたら、自分は修良との間に、何か特別な縁があったのか……?


「その天修良は旧世界を滅ぼした悪鬼だ。この新世界で生き延びるために、彼は旧世界からの霊気を大量に取り込む必要がある。しかし、旧世界が残した霊気がいずれ枯れるのだろう。あなたの持っている世界を超える生命の霊気を手に入れるために、あなたの人生を操っていた」

「……」

修良は認めざるを得ない。

冥清朗の話は大体事実だ。

しかし、彼は幸一を人間に転生させたのは、決して生命の霊気を手に入れるのではない……

「幸一――」

修良は何かを言い出す前に、幸一のほうから冥清朗に反論した。

「先輩が俺に霊気を要求することは一度もなかった!あなたの言っている理由が成立しない!」

修良が悪鬼になっていても、自分からの霊気を断った――と幸一は言いたかったが、冥清朗が思わぬ質問を出した。

「では、あなたは自ら彼に霊気を差し出すことはあったのか?」

「!」

「強要、略奪、それは下手なやり方。それに、滅世の悪鬼という身分が知られた以上、あなたが彼に不信感を抱く可能性もある。だから、彼はあなたと親の縁を手に入れて、あなたの信頼を育っていたのだろう」

「……」

「あなたは円満な知恵を持っているはずだ。今世の感情に惑わされず、旧世界で、前世で学んだことを思い出すがいい」

「……」

前世の意識は、修良の術によって抑えられている。何も思い出さない。

幸一は口パクを何回かしたが、何も言えなかった。

どこが、違う……

修良の無実を証明するために言い出したすべてのことは、逆に修良が黒幕だと証明している。


抑えれている前世の記憶――

「……ごめんな、幸一。『前世の幸一』はどんな人なのかよく分からないが、今の幸一を失いたくない」


母が修良に対する恐怖心――

「……彼は、彼はすべてを知っているの……彼は、私に警告したの、幸一に余計なことを言ってはいけないって……」


父の冷たい言葉――

「幸一……生れてこなければよかった……」


失われた父の魂――

「彼は、あなたの父親から、あなたとの『親子の縁』をもらったのだろう……あなたの人生を操っていた」


母の前世の記憶で見た自分と、世界を滅ぼした悪鬼……

自分の前世が知らないと言った修良……


――あああ、だめだ!考えたくない!


幸一の思考と感情が強くぶつかり、頭も心もごちゃごちゃになる。

頭を何回も横に振って、何か恐ろしいものを否定するように大声を上げた。

「俺は前世を思い出せない!先輩も俺の前世を知らない。先輩は前世の俺を知らないから、俺の魂を、人生を操るわけがない!」

「……」

無感情の冥清朗は、同情と言っていい視線を幸一に送った。

「だよね、先輩!」

幸一は焦燥さえ感じる笑顔を作って、もう一度修良確かめる。

先ほど、ほんの一瞬だけ、修良は事実を幸一に告白しようとした。

でも、必死に自分を信じようとする幸一を見たら、心臓が無数の針に刺されたように痛む。

喉がグルと動いて、すべてを呑み込むと決めた。

「そうだ。知らないんだ。だから、前世から幸一を操るなんてありえない」

修良が微笑みで幸一の話を肯定した。

「やっぱり……!」

幸一の目の輝きが増した。

だけど、胸に太鼓が叩かれたような重い衝撃がした。

それ以上聞くつもりはないのに、疑問がまた口から滑った。

「……本当に、本当に、知らない?」

「ああ、知らない。私は、幸一以外の幸一を知らない」

修良はもう一度肯定な答えをした。

「っ!!」

今回、幸一は剣に胸を貫かれたような痛みがした。

「幸一!」

幸一が苦しそうに胸を掴んだのを見て、修良は彼を支えようとした。

でも、幸一は軽く修良の手を払った。

頭を上げて、笑顔を見せた。

「分かった。先輩がそう言うのなら、俺は、先輩を信じる……」

その言葉を言い終わると、一滴の涙が幸一の目じりから零れる。


涙は幸一の胸に落ちた。

次の瞬間、交錯する二本の黒い鎖が幸一の胸に現れた。

「!!」

修良は驚愕で目を大きく張った。

それは、彼が幸一の魂にかけた封印だ。

その封印は幸一の前世の意識を抑えているのだけではなく、幸一のすさまじい霊気も封印している。


幸一の涙の光が鎖に触れたら、鎖が白く輝き、光の中で消えた。

その同時に、数本の黒い棘が修良の体の内から突き出し、修良の体を貫いた。

――術が砕けられた反噬だ。


(だめだ、あれがないと、幸一の「本当の身分」は「世界」にバレる!)

修良は痛みに反応する余裕もなく、悪鬼の力を喚起して、もう一度鎖を作ろうとした。

だが、幸一の体から赤い光が放たれて、修良の術を打ち消した。


「!!この力は……!」

それは幸一が使える術ではないと修良が気付いた。

赤い光の中、幸一は静かに目を開けた。

さっきの取り乱した笑顔がなくなり、いかにも平静そうに口もとを上げて、修良に「挨拶」をした。

「お久しぶりですね、おにさん」

還初かんしょ、太子……?」

修良は信じられない視線で幸一を見つめていて、その名を呟いた。


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