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七十五 おかえり、幸一

二人が話している間に、遺跡の振動が更に猛烈になった。

いつの間にか、極光がこの白灰色の世界に降臨し、触れたものを取り込む。


「本当は、あなたを真っ白に戻したかったのに、あなたを悪鬼にした。俺は、そんな自分を許さない!」

再び修良を見る幸一の目は、涙で潤んでいる。

幸一は自分の額を修良のに重ねて、小さな子供が甘えるように願った。

「お願い、先輩、俺を拒まないでください。あなたがすべてを背負ったから、俺はこの福徳を手に入れた。世界より、俺はこの力をあなたに捧げたいんだ……」

「……」

修良は諦めたように、一ため息をついて、悪鬼の右手でやさしく幸一を抱きしめた。

「私は、幸一を拒んだことはない――でも、幸一は、私を拒んでいるだろ?」

「っ!?」

幸一が気を緩んだ一瞬、修良は手を幸一の懐に伸ばし、誕生日の贈り物の短剣を引き出した。

「純白じゃない私を、そんなに気に入らないのか?」

歪んだ笑顔を見せながら、修良はその短剣で思いきり自分の右腕を切り飛ばした。

「!!」

その予測できなった行動に、幸一は反応もできなかった。

修良の右腕は空中で数本の長い鎖となり、二人を真ん中に囲んだ。

「私は何を研究しているのか、ずっと気になったのだろ?」

修良は勝気で笑った。

「私たちの力は、相反するものだ。条件が満たせば中和できる。幸一の力が抑えきれないこの日のために、私は自分自身を結界に変える術を研究していた。それは、世界から幸一を守る、私の最後の切り札だ」

「!!」

幸一は呆れて、言葉も出なくなった。

修良は幸一だけに見せていた温和な一面を剥がし、悪鬼の執着顔を丸見せた。

「幸一は本当に甘すぎる。こんな私を純白に戻そうとしているなんて。昔の私なら、多分悪鬼になりたくないのが願いかもしれないが、今の私は、幸一以外のものは要らない」

「幸一がどこかに消えて、私の存在を忘れるくらいなら、私が消えて、幸一に私のことを永遠に覚えさせるほうが望ましい」

そう言って、修良は短剣を自分の胸に向けた。

幸一は震える。意識が空白になりそう。

彼の体を纏う魔の力も大幅に揺れた。

なぜ、こうなるんだ。

自分のすべてを投げ出して、修良を真っ白に戻して、修良の存在を守ってあげたいのに、

どうして、修良が消えそうになるんだ……?

自分こそが相応しくない力を手に入れた、この世に生れるべきではない人間。

修良こそが、純白な身ですべての罪を背負わせられた無実な存在。

なぜ、修良は自分のために身を投げ出すんだ……?

「どうして……」

情緒も思考も混乱に落ちて、幸一はぼうっとして呟くしかできなかった。

修良はただ仕方なさそうに微笑んだ。

「一番大切なものを一度失ってから分かる、と言いたいところだけど――

多分ね、ただ、私は生粋な悪鬼だからだろう」

そして、短剣を自分の胸に差し込む。

「だめだ!」

間一髪な時、幸一は両手で短剣を掴んだ。

「先輩が消えるなんで!俺は絶対にさせない!」

鮮血が幸一の掌から垂れる。でも、修良は差し込む力を抜かなく、自分の胸で赤い痕跡を描いた。

「それは、ちょうどいいだろ?幸一は純白じゃない私を拒んでいるから……」

「違う!先輩を……先輩を拒むわけがない!俺は、どんな姿の先輩も好きだ――!!」

幸一の声がまだ完全に落着していないのに、修良はいきなり短剣を放し、幸一を強く抱きしめた。

「じゃあ、幸一がやりたいことは、自分を犠牲にして、私一人を永遠の後悔と孤独に残すことなのか?」

荒い息がする声で修良は至近距離で幸一に問う。

「そんなわけが、ないだろ……」

幸一は血まみれの手で修良の背中を掴む。ずっと我慢していた涙が、ついにこぼれ落ちた。

手に描かれた修良の心に連動する印が強く光っている。

修良は幸一を自分の体にもっと強く縛って、もっと強い口調で問い詰める。

「悪鬼だの世界だのもうどうでもいい、幸一の本当の願いを教えてくれ!」

「本当は、先輩と……ずっと一緒にいたい…ずっとずっと昔から、あなたの傍にいたい、あなたと、ずっと一緒にいたい!」

修良の執着に縛られた瞬間、幸一の固執が嘘のように消えた。

本当の願いを解き放つと、魔の気配も彼の体から消えていく。

修良はもっとも優しい声で幸一の耳元で囁く。

「なら、私に縛られつづけよう。あなたは昔から未来永遠まで私の『幸一』だ。それ以外の何者でもない。私の隣以外に、何処にも行かないで」

二人を囲む鎖は回しながら範囲を収束する。

やがて幸一の体に沈んで、姿が消えた。

幸一が前世から福徳を受け取る道は、再び封鎖された。

前世の意識を受け取ってから、ずっと高いところに浮かんでいる幸一の心は、やっと安定に着陸した。

幸一は知っている。

自分は縛られたのではなく、受け止められた。


極光は旧世界の遺跡を侵蝕し続ける。

世界の意志はただ静かに進化の力を求む。

黒と白、二つの星が交わりながら、極光に覆われた空を切り裂け、遠くへ飛んでいく。


世界の縫い目。

そろそろの夜明けなのに、空に太陽の光が見えない。

代わりに、青緑の極光は森を明るく照らす。

夢幻のような景色だが、珊瑚は美しさを感じない。

その力は膨大で強い。だけど、感情の波紋の一つもない、まるで生きていない。

修良が最後に放った龍はもう特に潰された。

極光は空から大地まで降りた。

幸一が生み出した黒洞は極光に囲まれて、ちらちらと消えそうに揺れている。

「頭が痛いな……」

珊瑚は眉間を掴んだ。世界の意志の波動は彼の頭の中に押し続ける。

「しかし、紫苑さんも幸一を探す任務を押し付けられたとは、一体どれほど人不足、いいえ、神不足なんだ」

紫苑は地に倒れ込んで、失神したように黒洞を眺めながら呟いている。

「おのれは……なんてことをした……」

「さっきから聞きたいけど、どうして紫苑さんが悔やんでいるの?話しを聴けば、幸一がそうしたかっただろ?」

珊瑚は紫苑の反応を理解できなかった。

「しかし、その心魔を引き出したのは、おのれです、万が一、幸一様に何があったら……」

「それでも幸一がそうしたかっただろ?紫苑さんと関係ないことだ。修良さんは文句があるかもしれないけど、八つ当たりをするような人間では……あっ、鬼か、それなら言いにくいな、ハハ」

「そんな恐ろしいこと言わないでください!」

珊瑚は紫苑の気持ちを楽にするためいに冗談を言うつもりだけど、逆に彼の緊張感を煽ったようだ。

「ぷっ、悪い悪い。紫苑さんって、本当におもしろい魔だな」

珊瑚は笑い声を我慢して、紫苑を慰めるように彼の肩を軽く叩いた。

「幸一が心魔にやられたら、普通に、『心魔』の紫苑さんは喜ぶべきではないか?あなたが強いことの証拠だぞ」

「分かりません……おのれは、確かに強くなりたいです。でも、強さを求めれば求めるほど、知らない方向に引きずられたようです。自分は何を目指していのか、そもそも、どうして魔として生れたのでしょうか……魔物である以上、魔物らしいことをやっていいのでしょうか……」

紫苑は迷った。

思い出せば、彼はいつも誰かに鼻先を引っ張られていた。

怨霊に監禁され、幸一に救出され、修良に任務を与えられ、幸一に命令され……誰に従って、いいえ、寄生する――それは魔のあり方なのか?

世界の意志が目の前にあっても、彼に答えを出すものはいなかった。

「それはちょっと哲学な問題だな。それがしは研究したことがないけど……そんな真面目に自分の存在意味を考える紫苑さんは、美しいと思うよ~」

珊瑚は指を鳴らして、キラキラ効果を紫苑に付けた。

突然に、極光が強く揺れ始める。

均衡で流れている光の帳に混乱が生じた。

光が増した部分が現れ、薄くなって消え始める部分もあった。

「?」

二人は空を注目したら、黒洞のほうにも変化があった。

二、三人も余裕に呑み込める大きさの洞窟は揺れながら縮んでいく。

「こ、これは、心魔が消える……」

紫苑は慌てて手を伸ばしたが、珊瑚は彼より先に何かを感じて、その動きを止めた。

黒洞完全に消えると同時に、眩い白い光が炸裂した。

光の中から浮かんできた二人の影を覗いたら、珊瑚は長い一息を吐いて、気軽そうに紫苑に言った。

「紫苑さん、あんな自信のないことをおっしゃったけど、あなたはとっても美しいことをしたと思うよ」


極光の覆われた夜が明けて、朝一の太陽の光が深い峡谷に差し込む。

修良は左腕で幸一を抱えて、子供のように安心に眠っている幸一頭に、やさしく口づけをした。

「おかえり、幸一」


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