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第45話 魔女、容赦なし

「火、行くよキルシー!」

「カァーッ!」

 門番のように立ち塞がった異種族の女傭兵をアレンシールに任せて正面扉に回ったオレとリリは、恐らくは鍵のかかっている巨大な扉を力尽くで開くことを速攻で放棄していた。

 何しろ大神殿の扉はデカい。

 あのヴォルガというオーガの上背と同じくらいあるのではないだろうかと思われる正面扉は朝になったら数人の神官によって厳かに開かれ、一度閉ざされれば女一人の力どころか男だって一人では太刀打ちが出来ない重さだろう。

 ならば、壊す。チラリとリリを見ればリリも「心得た」とばかりに頷いて、キルシーを腕に乗せて【火】の魔術に集中する。

 この空間では遠慮なんかいらない。最初からそう言ってあるから、リリの顔もどこか輝いているように見えた。

 なんというか、リリが自分の力をフルで使えるタイミングなんてそうそうないだろうから今の状況は彼女の練習にとってもいい環境だ。

 一緒にジョンが居ればもっと良かったのだろうけど。

 リリの指先の示す先。そこに灯った小さな【火】は徐々に大きくなっていき、彼女の深緑の瞳の輝きと共にどんどんと大きさを増していく。

 あぁ、この程度の神殿では彼女のフルパワーには対応出来なかったかもしれない。

 そう思いつつ、確認するようにコチラを見るリリに「どうぞ」と手をヒラヒラさせて先を促してやる。

 直後に、衝撃。

 凄まじい破壊力の火球がぶつかった扉は破壊されるというよりも消滅すると言った方が正しいような有り様で消し飛び、その破片も【火】の破片に焼かれて尽きた。

 ただの【火】がこの威力だ。これが【炎】になったらどうなってしまうことやら。

 攻撃魔術に関しては明らかにエリスよりもリリの方が得意なのだなと納得をしながら、オレは扉の消失した場所から神殿の中に入り込んだ。

 この中に入れば、油断すれば命をとられるかもしれない、という予感に背筋がゾクゾクする。

 さっきこの扉にリリの【火】が激突する時、扉が何か拒絶をするような反応を示していたのをオレは見逃さなかった。

 アレは、オレが使う【障壁】の魔術にもよく似た何かだ。【障壁】そのままではないかもしれないけれど、確実に一瞬だけ魔力が作動して防御壁を作った。

 大神殿に魔力の防御壁だなんて、あまりにもいびつすぎじゃあないか?

 魔女狩りをしている組織が、その【魔女】の扱うのと同じ力を使うだなんて、そんなのは道理が通らない。だって、この国において魔力を扱う事が出来るのは【魔女】しか居ないはずなのに。

「リリさん。この先は警戒して……攻撃されたらとにかく反撃して下さって大丈夫ですわ」

「わっかりました!」

「でも、人質には注意して下さいませ。神殿騎士以外は殺してはいけません」

「神殿騎士はいいんですね!」

 了解しました! というリリの元気のいい声が広い大聖堂に響き渡る。

 眼の前に鎮座しているのは【蒼い月の男神】の神像だろう。白いテカテカした石を削って作られたのかやけにピカピカしている神像は赤い布の台に足を組んで座らされ、片手に天秤を、もう片手には稲穂らしき植物を手にしている。

 本来天秤の方は【赤い月の女神】が持っているべき裁定の象徴だ。【蒼い月の男神】は豊穣と知識を司り、【赤い月の女神】は裁定と平和を司る力を持っていたはず。

 なのに、今はその裁定の象徴も奪われてしまっているのだ。

 【蒼い月の男神】が悪いわけじゃない。悪いのは女神から全てを奪おうという一神教の連中なだけで、きっとこの世界に【蒼い月の男神】が存在していたとしたらとても嘆いていた事だろう。

 【蒼い月の男神】と【赤い月の女神】は表裏一体。背中合わせで手を取り合いながらこの世界を守っていたという伝承は確かにあるのに、なんだって一つの神にまとめたがるのだろう。

 神様なんて何人いてもいいじゃないか。それこそ、八百万くらい居たって全然いいはず。

 そういうところの感覚は、やはり日本の方が寛容というか緩いというか。とにかくオレには合っているな、なんて思ってしまう。

「な、なんだ貴様らは!」

「加護のかかった扉が……! 一体どうやって!」

「あ、来ましたよエリス様っ。白い鎧だから、神殿騎士ですよね?」

「そうですわね。殺してもいい方ですけれど……聞きたいことがあるので半殺しくらいでいきましょう」

「はいっ」

 そんな事を考えながらぼんやりとしていると、コンサート会場の2階席みたいな通路から神殿騎士たちが大慌てで大聖堂にやってくる。

 恐らくはあの裏に階段があるのだろうが、剣や槍を持っていてもモタモタとそんなところを降りていたらこちらのいい的でしかないのに、そんな事は分かっていないようだ。

 馬鹿だな。

 この空間はもうどんなに叫んでも、どんなに大きな音を出しても誰も援軍なんか来てくれないんだよ。

 リリが再び【火】をチャージし始めたのを見てから、オレは大聖堂をきょろきょろと見回す。今見える範囲だけだが、左右に2階席と中央部に渡り廊下のようなものと、1階フロアにも最低でも左右4つずつくらいの扉が見える。

 あの謎の空中回廊的な廊下と2階にもある席は多分1階フロアに平民と混ざることの出来ない貴族や王族のための席だろう。

 なんか以前教会で元気に歌を歌う映画でそういう席がある大きな教会を見たことがあるので知ってはいたけれど、本物を見ると全く違う場所なのに聖地巡礼的な気持ちになるから不思議なものだ。

 とにかく、あれのどれかが神殿の地下か奥へ繋がっていて、そのどこかに連れて行かれた人々とジョンが居るはずだ。

 この神殿全体に魔力を浸透させて一気に探す方法もあるが、この大きさの建物に魔力を浸透させるのは流石に時間がかかりすぎる。

 となると確実なのは――

「いきまーす!」

「ぎ、ぎゃあああ!!」

 この中を知っている者から直接聞く方法だ。

 リリの多少手加減された【火】は階段を降りてきた神殿騎士たちを階段ごとふっとばし、ついでにその近くにあった【蒼い月の男神】の神像の片腕と膝まで破壊した。

 多分キルシーが加減させてやってくれたのだと思うが、神殿騎士と神像に直撃して止まっていなかったらこの神殿の壁に巨大な穴が開いていたかもしれないから、神殿の人間たちにとってはラッキーだったなと思う。

 そうしてボタボタと床に落ちた神殿騎士たちは皆片腕が焼き切れたり、足を失ったりしながら地面を蠢いている。神殿騎士たちにとっての不幸は、リリが使ったのは【火】だったせいで瞬間的に傷口が炭化して失血死する事が出来ない事だろう。

 それも、階段から頭から落ちたり瓦礫に潰された者以外は皆生きている。頭が割れて死んだ者は逆にラッキーだったんだろうな。だって、痛みなんか感じる暇もなく死んだのだろうし。

 オレは悲鳴をあげながらのた打ち回っている神殿騎士たちを確認すると、扇子を片手に神殿騎士たちの所へ近付いて、その中でも一番傷の浅そうな顔にちょっと火傷を受けただけの若い男の前に立った。

 男は失禁しているらしく徐々に床は濡れていき、ズリズリと床を這いずってオレから逃げようとしている。

 でも、逃さない。

「お前」

「ひ、ひぃ!」

「ここに連れてこられた祭り参加者と、眼帯の男はどこにいるの?」

 オレは男の胸ぐらを掴むと、軽く手首を捻って徐々に首を締め上げながら騎士に問うた。

 恐らく祭り参加者たちは無事だろうが、ジョンは今無事で居るかどうかはわからない。だがそれでもきっとジョンは「オレよりもそっちが先だろ」だとかなんとか言うだろうから、参加者たちを優先して聞いた。

 セレニアは少なくともジョンに対して危害を加えてはいなかったからきっと大丈夫。

 ジョンにだって勝算があったから騒ぎの中にツッコんだのだろうから大丈夫。

 何度も自分に言い聞かせながらも、神殿騎士の首を締め上げる手首に付与した【筋力強化】を緩める気にはなれない。

「へ、へいみんは! ぢ、ぢが、だぁ! そ、その、くろい、どびらぁ!」

「平民は? 他には?」

「がっ」

 首を締め上げる手に力が入りすぎて、男をそのまま持ち上げてしまう。男はオレの手を掴みながら苦しげに足をバタつかせていて、忠誠心だとか信仰心なんてものはアッサリと捨て去ったように機密だろう内容を吐き出してくれた。

 だが、いざ「眼帯の男」の居所を聞こうとした瞬間、男の顔面に3本の矢が突き立って血を噴き上げる。

 オレが首を絞めていたせいで頭に血が溜まっていたのか凄い勢いの血を噴き上げた男は、矢と矢の隙間からうめき声のような絶叫を上げると己の顔に突き刺さった矢を抜こうと必死になって顔を触り始めた。

 だが矢は片目と、額と、鼻に突き刺さっている。抜けばこの男は即死するだろうし、抜かなくても程なく死ぬだろう。

 オレは返り血を浴びないように男を放り出すと、コチラに向かって飛んでくる矢を全て扇子で弾き落とした。

 一度目の3本は機密事項を漏らさせないための矢。

 今度はオレを牽制するための矢、だろうか。

 階段から少し距離を取ってリリの隣に再び並べば、いつの間にやられたのか半分焼け焦げていた神殿騎士たちにも矢が突き刺さって死んでいたことにやっと気がついた。

 オレはオレで結構頭に血が昇っていたんだな、なんて思いながら再び襲い来る矢の雨を今度は【障壁】を張って防ぐ。

 上からの矢の威力は同じ高さで射撃されるものよりも重みを持つが、この程度ではオレの【障壁】に傷もつけられないだろう。


「魔女だ!」

「聖者様をお呼びしろ! 魔女の襲撃だ!」

「魔女を殺せ!」


 矢は、先程確認した2階っぽい高さにある空中廊下みたいな場所に集まった神殿騎士たちから降らされたものらしかったが、まさか騎士たちもあんなただの鉄と木の矢なんかでオレたちを殺せるなんて思っちゃいないよな?

 なんてコソッとリリに話しかけると、リリは笑いながら普段は祈りを捧げる人間でいっぱいになっているのだろう2階の空中廊下ごと神殿騎士たちを吹っ飛ばした。

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