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第73話「鐘の音が罪する」

12月のイルミネーションが優しい光を放つ冬。前田よしとは恋人と、昼休みに教室棟の屋上で弁当を食べていた。蛇島りりあが、


「クリスマスプレゼントは何が良いの?」


と聞いて来た。


よしとは、


「りりあは何がいい?」


と聞き返した。


蛇島は、


「お揃いのマグカップにしようよ」


と言う。


よしとは、神楽りおの泥土のような優しさとは異なる、蛇島のありがちなカップルの香りが、それはそれでとても正直な匂いだと思う。恋愛とは、心の造詣の深浅でやる事ではないが持論だった。


よしとは、


「今から注文すればクリスマスに店頭で受け取れるからインターネットで選ぼう」


と言って、携帯電話のインターネットブラウザを開いた。閲覧履歴に最適化された広告が大量に溢れる、よしとのインターネットブラウザ。最近は来春の全国大会に向けて、様々なバレーボール関連のサイトを見ていた。


クリスマス前に週刊バレーボールの取材が来る。


花火の夜から3ヶ月弱が過ぎて、関係は安定飛行のままだった。


蛇島は、


「全国大会行けるのいいなぁ~!」


と言う。


24日はお揃いのマグカップを注文したお店に行く。お店は長空駅から二駅の所にある。そのまま駅付近でデートをする。駅前のデパートのイルミネーションが見れる。


りおは24日に泉岳きらりを家に呼ぶと言っていた。一晩泊まって、夕飯はチーズメルトを作ると張り切っていた。メルトポットは二人のメタファーのようだ。教室に戻ると、りおときらりがジッと、よしとを見て来た。


よしとが、


「何か御用ですか?」


と聞くと、りおが、


「応援してあげようかなと思って。応援される側の気持ちを知って貰いたい」


と言う。


よしとは、


「応援は辞めました!」


と言って、自分の席に戻った。




蛇島と共に過ごした長くも短くもない時間がそれに見合った愛情を生み出す。




ある日の事だった。


よしとは、蛇島に話してみた。


「りりあは俺が上級生だから好きなのか?」


「どうしたの?悩みでもあるの?」


「俺が上級生らしくないと嫌か?」


「既に普通にしているよ」


「そっか」


よしとは、自分がどう思われているのか直接言葉で知ろうと思った。


また別の日の事だった。


「りりあは楽しくお話できればそれでいいのか?」


「え?なんで?ダメなの?」


「そっか」


蛇島がクラスの友達にこういうやり取りが増えて来たと相談すると、その友達は「自分の手の内を明かして信頼されようとする姿がせこい」とよしとを酷評した。「相談する姿が評価されるとでも思っている」と言う。


また別の日だった。


今度は蛇島から、よしとに相談した。


「沢山女の子の友達がいるのにあっさり紹介を受けて彼氏になったのはどうして?」


「友達は友達止まりだから」


「じゃあ彼女に立候補するなら誰でもよかったの?」


「誰でもじゃないでしょ…」


「あ!いたんだ恋人にしてやってもいいヤツが!」


そう言って蛇島はよしとの肩を叩いた。




一日一善そのようなやり取りをしていた。




男子バレー部が終わるのを待っている日も増えた。


コートを来た蛇島のシルエットが体育館の出入口に薄っすらと見え隠れする日が増えて。




「順調ですか?」


「はい」


「よかった!」




自転車通学のよしとが、自転車を手で押して蛇島の乗るバスのバス停まで見送る。


「りりあは俺の事を逞しいと思うか?」


「え?なんで?」


「逞しく思われていないと必要とされないだろう…」


蛇島は、


「神楽先輩に言われたんでしょ?あの人、小さいもの…よしとは普通だよ!もっとゴッツイの知ってるもん!」


と嬉しそうに言う。


蛇島は、心を開くよしとの姿を好きになれた。まるで紳士的な野獣で。




24日の夕方は長空駅で待ち合わせた。


蛇島のコート姿は、遠目には大人と何も変わらない。シックな淡い色のコートに身を包んで、中の少女が笑いながら駆けて来る違和感を抱きとめる胸が必要なのだろうと、よしとは思う。


繋いだ手が電車で二駅の向かう先まで、解ける事が無いその自然さは、魔法でもなんでもない二人の関係を思わせるものだ。


「今日も綺麗だね」


よしとは、そんな言葉がいつの間にか言えるようになった。蛇島は今日と言う日の特別さなのだと思って、そのぎこちない感情をウィンクで誤魔化してあげた。


行った先の駅前は、枯れ木のイルミネーションが、広場に敷き詰められた石段の真ん中で誰かを待っているようだった。


蛇島は、


「あの独りぼっちの枯れ木も、きっと恋人がいるよ」


と言った。よしとが、意味がわからずにいると、蛇島は、よしとを長くも短くもない時間をかけて、何度も好きになっていく度に、その紳士的な態度の中に見出すと言った。




お揃いのマグカップは、赤と青と白のストライプだ。


同じ色は同じ色で塗る。


赤が、塗っていく途中で別の赤色にあせてしまわない事はどこか永遠を意味した。


平行線の青も、空白の白も、私達のようだと蛇島は思う。


言っても伝わらない貴方が好きだと。


理解は、心を解体するから。


これがいいねと言った貴方を大切にしてあげる。




デパートの鐘の音が午後18:00に鳴るまで、この街にいなければならない。


二人は、あまり散策などせず、駅前の枯れ木のイルミネーションを見ながら、ベンチに腰掛けてずっと話していた。


24日の日没から25日の日没までをクリスマスと言うのよ。


そんな事も知らないのね。


蛇島は、不意に核心に触れた。


「神楽先輩との恋が叶わないから、私で構わなかったんでしょ」


よしとは、落ち着いた声で、


「今は違う」


と言う。


「そんな気持ちで、私を恋人にしてよかった事を、私に償って。心の中で神楽先輩を振り切ったんなら、私でお別れして」


「わかった」


「本当にわかったの?」


「わかったから」




二人は鐘の音を合図にキスをした。


鐘の音が罪して償いを与えた。


もう時間が巻き戻らない世界で、動き出す時計が刻む、罪なき時間を二人で。 

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