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第74話「長い夢の名画」

2023年1月4日。長空北高校男子バレー部は、初の全国大会出場を果たし、今日と言う日を迎えた。選手権大会の1回戦だ。前田よしとは、これを目標と称しても長い夢だった事実は緊張と胸の高鳴りを連れて来る。


大会会場ではテレビ局の取材班や大勢の観客が集まる。人々の賑わいを直視する事もなく選手通用口から、試合のコートへと向かう。願わくばいつもと変わらない健闘をして、勝利したい。


1回戦の対戦相手は優勝候補筆頭の大阪・四天王寺大学付属高校だった。松岡、岡部、井沢、新垣の1年生4人組は、体格面で劣らないものの、相手校の選手達の身体つきに少し面食らっていた。自分達は少し細いかもしれないなと思った。テレビでは縦長に見えるバレーボール選手達も、実際はガッシリした大男である事が多い。


相手校2年生の野村まさしが大会屈指のウィングスパイカーで注目選手だ。後はリベロの水天宮の評価が高く、他も大学や上のレベルでプレイする展望のある有望な選手達だ。高校バレーボール界の頂点に最も近い高校と戦う。


野村は、黒い坊主頭で身長は207cmある。試合前の前田よしとを上から見下ろして、


「よろしくお願いします」


と礼儀正しく挨拶をする。隣には身長159cmの水天宮がいて、下から、


「面白い選手がいると聞いています」


と言う。


よしとは、遥々大阪からやって来た相手校に失礼の無いように、


「全力で戦います」


と誓った。


女子マネージャーの浦川辺あやは、


「野村選手は中学時代から全国区で “NO MERCY” の異名があります。大きい選手ですけど、読み合いで勝機を見出しましょう」


と言う。


顧問・石黒も、


「野村以外は、ほとんど体格差が無い。勝たないとね」


と言う。


第一セットが始まると、試合は一進一退の攻防だった。野村のスパイクを、長空北高校のリベロの斎藤が器用に拾う。野村も決して高さにかまけているわけではないが、時速160kmのバレーボールマシンで鍛えただけあって、野村の剛腕から放たれるスパイクをも物怖じせずレシーブする。


よしとも、松岡、岡部、井沢、新垣を上手く使って得点していく。


四天王寺大学付属高校が1回目のタイムアウトを使い、30秒間の間に監督が様々な指示を出す。


「司令塔の前田が百戦錬磨だ。野村は『波動弾』で斎藤の心を折れ」


野村はタイムアウト中に右手のテーピングを外すと、


「長空北高校は良いチームです。異論はありません」


と言って、コートに戻った。




そして野村は、岡部が予選三日目で使ったバックスピンの効いたスパイクを斎藤の正面に打ち込んだ。斎藤は瞬間、岡部と同様の技だと見切ったが、


メキャッ…!


っと腕にボールがめり込んで後ろに吹っ飛んでしまった。身体が大きいぶん生み出せる回転数が多く威力もある。


長空北高校もタイムアウトを要求して、岡部のテーピングを外した。


「水天宮を狙え。あの体格じゃ防げないだろう」


岡部は、よしとのトスを受けて、バックスピンのかかったスパイクを水天宮の正面に打ち込んだ。水天宮は瞬間、体重移動と上体の柔らかさで器用にレシーブすると、身体は後ろに吹っ飛んだが、ボールはセッターの上空に飛来した。


水天宮は後ろに吹っ飛ばされながら、


「岡部の波動弾は動画で確認済みだ!野村の波動弾とはボールの軌道が違う!」


と言う。


野村の波動弾のほうがリベロの手前で速度が落ちず、軌道も手前で伸びるように両腕に食らいついてくる。野村も覚えたての頃は水天宮に攻略されて悔しがっていた。


ボールを野村が波動弾で斎藤にお見舞いすると、斎藤はまた後ろに吹っ飛ばされた。


その後も野村が止まらなかった。


長空北高校は松岡の移動攻撃も、井沢と新垣のバックアタックも次第に上手く対応されるようになってしまい、徐々に差が開いて行った。


野村は、


「前田君はいい司令塔だ。大学でも続けたら良い。オリンピック選手だけがバレーボール選手ではない」


と言葉をこぼしていた。


試合は四天王寺大学付属高校のストレート勝ちだった。


試合が終わってすぐ、野村は、悔し泣きする岡部に歩み寄って、


「誰に教わった?」


と聞いて来た。


「自分で覚えました」


「あぁ。自分で思いつく奴は大丈夫だ。最後差が付いたがまた全国で会おう」


四天王寺大学付属高校は「絶対に優勝する」と長空北高校に誓った。




あやは、


「またこの舞台に立つと皆で誓って。私達の全国大会を終えます」


と野村に言った。




松岡、井沢、新垣も、記念に野村に一言言って、コートを降りた。




あやは、よしとに、


「長い夢だったんですよね」


と言う。


よしとが、


「試合はあっという間だったな」


と言うと、あやは、


「集合写真撮りましょう。前田先輩に会えてよかった。100年も同じ夢を見ていられる前田先輩と同じ絵の中にいた事を形に残したい」


と言った。


あやにもまた長い旅の一枚絵になる。


応援に来ていた写真部の笘篠が撮影してくれた。


たとえば100年目の名画だと言う者もいる。


また訪れる場所だと言う者もいる。


そして長い旅の通過点だと言う者もいる。


人の肉体に宿った想いがただ出会うステージだった。 

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