「実は……。アイドルやってんだ……俺……」
「……えっ?」
那央は驚いた顔をして、俯いていた顔を勢いよく上げた。
「部屋にあるのは、瑛斗先輩のじゃなくて俺の衣装なんだ。今まで……隠しててごめんな……」
那央に向かって深々と頭を下げると、驚いた様子で那央は椅子から立ち上がった。
「えっ……。ちょっと、まっ……。兄貴がアイドル……? 嘘だろ……?」
驚きのあまり咄嗟に立ち上がってしまった様子の那央は、慌てて椅子へ座り直すと、大きく息を吐き出した。
「本当なのか……? その……。兄貴がアイドルなんて……」
「ああ、本当なんだ。俺、土曜日と日曜日にいなくなるだろ……。土曜日は練習で、日曜日はライブだからなんだ。ずっと、バイトだって……嘘ついてごめんな……」
「あっ……まあ……。えっ……?」
まだ状況が飲み込みきれない様子の那央は、頭を抱えだして自分の手で髪を搔き乱し始めた。
「あーっ! もう!」
すると、那央は机を手で叩き、俺を睨みつけた。
「面倒だから、単刀直入に聞く! 兄貴は、その……アイドルってやつを嫌々やってるのか? どっちなんだ?」
「俺は……」
俺は那央の顔を真っ直ぐ見つめた。
「正直、最初は生活の……。この家を守るために、生活費の足しになればと思って始めた。けど、今は……。もっとちゃんと、アイドルとして前を向いていこうと思ってる」
那央から目を離さず、俺は今思っていることを正直に伝えた。
「……。はぁー……」
沈黙のあと、また深い溜め息をついた那央は、力が抜けたように椅子の背凭れに上半身を預けた。
「……。オレは別に、兄貴が無理やりやらされてないなら、反対もしないし構わないけど……。実際、どんなことしてんだ? オレ、全然気付かなかったけど、テレビとか出ちゃってるわけ?」
「いや、そこまでは……。事務所に所属はしてるけど、新設の弱小だし。毎週メンバーとライブやったり、配信したりする感じだよ」
「ふーん。じゃあ、あんときの金髪ヤローも、そのアイドルグループのメンバーなのか?」
「いや、瑛斗先輩はただの学校の先輩だよ。まあ、先輩自身はモデルをやってたりするけど」
「……。モデル……。なんか、オレの知らない世界ばっかりだな……」
今度は机の上で頬杖をつくと、那央はまた大きな溜め息をついた。
「兄貴の周りの世界は……そんな風に、どんどん変わっていってるんだな……」
「えっ……?」
小さな声でぽつりと呟いた那央の声は、少し淋しそうだった。