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第69話 頑張れよ

「那央が剣道部に入ってないのは、やっぱり時間とかお金を気にしてなのか……?」


「まあ……。それが全部ってわけじゃないけど……。剣道は部活じゃなくてもできるし、あそこの道場なら金もいらないって言ってくれてるし」


「でも……。部活としてやりたいなら、やってもいいんだぞ? 那央は我慢しなくても……」


「いや、正直今は興味ない。高校行ったら、また考えるよ」


「そっか……。なんかごめんな……」


「謝るなよ。オレだって……。兄貴が家のために一生懸命何かしてくれているのは分かってた。でも、正直……。オレはどうすることもできなくて……。恥ずかしくて、逃げてた。ごめん……」


「いや、俺こそ……。ちゃんと那央に話すべきだった。こうやって、双子の面倒を頼んでいるわけだし、ごめんな……」


「……。なんかずっと、オレたち謝りあってばかりだな」


「喧嘩ばかりだって怒ってた母さんが見たら、きっと驚くぞ」


「それもそうだ」


「フッ……」


「ハハッ……」


 俺と那央はどちらからともなく、声を出して笑いあった。


(なんだか懐かしいな……)


 こんな風に笑い合えたのは、母さんが亡くなって以来初めてな気がして、懐かしさが込み上げてきた。


「なあ、兄貴。兄貴こそ、本当はもっと、その……。今日みたいに遅くなったり、練習とかしたいんじゃないか?」


「えっ……?」


「もっと、オレを頼って欲しい。その……一人じゃないんだし……」


 母さんの葬式のとき、那央が言ってくれたことが静かに頭の中で思い出された。


『オレたちは、一人じゃないから……』


「那央……」


「まあ、オレも。剣道好きだから続けるけど、練習ない日は双子の送り迎えとかもするから……さ。頑張れよ」


 俺は嬉しさから涙が溢れそうになり、我慢するために天井を仰いだ。


「泣くなよ。こっちが恥ずかしくなるだろ……」


「うん……。ありがとうな。那央……」


「か、カレー食べるだろ? オレ、あっためるから、兄貴はメシよそってくれよ」


 居心地悪そうな那央は、慌てて椅子から立ち上がると、キッチンへ逃げるように向かって行ってしまった。


(ちゃんと話せましたよ。瑛斗先輩……。本当にありがとうございます)


 きっかけをくれた瑛斗先輩に、俺は心の中で感謝を伝えると同時に、今日の出来事を誰よりも一番に報告したいと思った。

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