「ごめんなさい……。俺……」
振り向いて、瑛斗先輩に背を向けると、俺は非常階段の無機質な扉を俯き気味に見つめた。
「理央……。一体、何があったんだ……? さっき言っていた……リオンになれないとは……?」
「……」
「……」
俺が何も言えずに重たい雰囲気のまま沈黙が続くと、瑛斗先輩が一歩後ろに下がって俺から距離をとったのを感じた。
「その……すまない。何か気に障ることを、私はしてしまったんだな……」
(ちがう……瑛斗先輩は悪くない。俺が勝手に……)
謝る瑛斗先輩の声は酷く悲しげで、俺は慌てて振り向いて顔を上げた。
見つめた先の瑛斗先輩は俯きながら、目尻と眉尻を下げながら唇を噛みしめていた。
(俺……瑛斗先輩を傷つけた……)
「ちが……」
後悔で胸が締め付けられた俺は思わず涙が込み上げそうになると、瑛斗先輩はすぐに俺の異変に気付き、俺の腕を掴んで自分に引き寄せた。
「瑛斗……先輩……」
そのまま瑛斗先輩の胸に抱き留められると、今度は先程のように優しくではなく、きつく、まるで逃がさないと訴えてくるように強く抱き締められた。
「またそうやって、何も言わずに一人で抱え込むのか? 私を頼ると約束したのに。私では役に立てないのか?」
「違います! そうじゃない! でも、お願いだから離してください……」
俺は瑛斗先輩の胸板を必死に押すが、瑛斗先輩の身体はびくともしなかった。
「いやだ。絶対に離さない……」
まるで駄々っ子のように首を横に振る瑛斗先輩は、俺を抱き締める腕へさらに力を込めた。
「何があったのか、ちゃんと話してくれ……。私が一人でないと思えたときのように、リオン……理央にもそう思ってもらいたいんだ……」
瑛斗先輩の声は、まるで切なる願いを込めるように、少し苦しそうでありながら儚げだった。
「瑛斗先輩……」
俺は瑛斗先輩の腕の中で、必死に瑛斗先輩を見上げた。
すると、瑛斗先輩と目が合った瞬間、瑛斗先輩は瞳を潤ませて、また唇を噛みしめていた。
俺は咄嗟に瑛斗先輩の頬に手を伸ばし、そっと指先を触れさせた。
触れた指先から伝わってくる瑛斗先輩の体温は冷たく、俺はまるで温めるように、瑛斗先輩の頬を手のひらで包み込んだ。
「理央……」
俺の名前を呟いた瑛斗先輩は、頬に触れている俺の手を覆い隠すように手のひらを重ねると、そのまま顔を預けるようにして目を瞑った。
「頼むから、私に話して欲しい……。もう理央の……あんな泣きそうな顔を、私は見たくないんだ……」
「俺だって瑛斗先輩の泣きそうな顔……見たくないです。でも……。きっと、こんなカッコ悪い俺のこと話したら……瑛斗先輩をガッカリさせてしま……」
言いかけたところで、瑛斗先輩は閉じていた目をパッと見開くと、急に声を荒げた。