「バカな! 私がリオンにガッカリすることなんてありえない! もちろん、理央に対してもだ!」
重ねられていた手を強く握り締められながら、瑛斗先輩にはっきりと言い切られて、俺は思わず目を見開いて呆気にとられてしまった。
「えっ……? 俺のことも……? リオンだけじゃなくて……?」
「当たり前だ! 私を疑っているのか? 理央のお母さまへ仏壇の前で誓った、この私を!」
(そっか……。ガッカリしない……俺のことも……)
瑛斗先輩にそう言ってもらえて安心したのか、俺の身体から急に力が抜けて、膝から崩れそうになる。
だが、瑛斗先輩に抱き締められたままだったため、なんとか床に膝をつかずにいられた。
「大丈夫か、理央? やっぱり、どこか悪いんじゃ……? そういえば、さっき声が出ないと……」
瑛斗先輩は思い出したように俺の肩を力強く掴むと、いきなり身体を離した。
「や、やっぱり、何か病気じゃないのか? それなら今すぐ病院に! きゅ、救急車。救急車か? す、すぐに呼ばなければ! いや、この状況なら待たせているうちの車の方が……!」
混乱しているように慌てふためき、震える手でズボンからスマホを取り出した瑛斗先輩の手を、俺は必死に止めた。
「ま、待った! ち、違うんです。病気とかじゃなくて、緊張……というより、プレッシャーからなんです!」
「プレッシャー?」
眉を顰めていぶかしげに首を傾げる瑛斗先輩に、俺は何度も頷いてみせた。
「そ、そうなんです。昨日から色々あって……。と、とりあえず、救急車も病院も大丈夫なんで、そのスマホはしまってもらえますか?」
「わかった……」
深く頷き返してきた瑛斗先輩が、手にもっていたスマホをズボンのポケットに戻したのを確認し、俺は救急車を呼ばれずに済んだと安堵の溜め息をついた。
「瑛斗先輩……。俺の話、呆れないで聞いてくれますか?」
「そんなのは当たり前だ」
なぜそんな質問をするのか理解できないといった表情で俺を見つめる瑛斗先輩に、俺は肩を竦めて少しだけ微笑むと、踊り場の手すりにそっと寄りかかった。
「俺、宣言しちゃったんです。リーダーのレンさんにセンター狙いますって……」
「……? 上を目指すのはいいことじゃないか。それに、そんなのリオンなら余裕だろう。何にプレッシャーを感じるんだ?」
不思議そうに首を傾げる瑛斗先輩に、俺は思わず肩の力が抜けてしまう。
「いや、だって……不動のセンターであるレンさんへですよ? 瑛斗先輩だって、ライブを観ていればレンさんの人気ぶりはわかってるでしょ?」
「だからなんだというんだ? リオンが狙うと言うなら、私は全力で応援するだけだ。違うか?」
「いや、それはそうかもしれないんですけど……」
話の論点が噛み合っていない気がするが、俺は話を続けた。
「あと、弟の那央にアイドルやってることがバレました……。応援してくれるって言ってくれたんですが、余計頑張らなきゃなって思って……」
「おお! それなら、今度一緒にリユニオンのライブを観に来よう。どれだけリオンがカッコイイか、私が存分に分からせてやる。そうだ。双子も連れてきて、一緒に楽しもう。私と那央君が肩車をすれば、後ろでもよく見えるはずだ」
「いや……それはちょっと恥ずかしいのと、スタッフさんに止められると思うので……」
瑛斗先輩と那央の二人が並んで、玲央と真央をそれぞれ肩車しながら俺を応援する姿を想像して、思わず笑みが零れた。
(なんだろう……。考えていたこと、心配していたことが、ちょっとバカらしくなってきたぞ)
プレッシャーを感じていた俺に、予想を斜め上にいく瑛斗先輩の返答は、自然と俺の肩の力を抜けさせてくれた。
「本当に……おもしろい人ですよね。瑛斗先輩って」
(あーあ……。もう! 本当にずるい!)
俺は身体を預けていた踊り場の手すりから一歩踏み出すと、瑛斗先輩の胸に向かって軽く飛び込んだ。