「り……お……」
受け止めてくれた瑛斗先輩は驚いたのか、急に身体に力が入り、ただでさえ良い姿勢をさらに背筋を伸ばしたため、俺の悪戯心がくすぐられた。
昨日の撮影のときみたいに、俺はもっと瑛斗先輩を動揺させてみたくなり、瑛斗先輩の背中に腕を回して、力を込めて抱き締めた。
(俺を振り回すのもいい加減に……)
される側の気持ちも少しは理解してもらえるかと思って抱き締めてみたが、瑛斗先輩は俺の背中に腕を回すと、同じ力で抱き締め返してきた。
(瑛斗……先輩……)
胸が圧迫されて少しだけ呼吸がしにくいように感じるが、それ以上に、同じ力で抱き締め返してくれる安心感で胸がいっぱいになり、俺は思わず瑛斗先輩の腕の中で本音を漏らした。
「俺……。瑛斗先輩に……見て欲しかったんです。昨日みたいに俺だけを見て……目を輝かせて見て欲しかったんです」
「ああ、いつでも見てるぞ。そんなの当たり前だろ」
また全てを受け止めて、言い切られて返された。
「もう、なんで……」
俺は笑いながら、瑛斗先輩の胸板に甘えるように顔を埋めた。
「俺を一体どうしたいんですか……。俺、このままだと瑛斗先輩なしじゃ生きられなくなっちゃいますよ……」
「そんなの、私はもうとっくにだ。リオンも理央もいなくては、私は生きがいをなくしてしまう」
「俺も……? リオンだけじゃなくて……?」
瑛斗先輩の胸板に埋めていた顔を上げて、俺は瑛斗先輩を見上げると、瑛斗先輩は迷いのない真っ直ぐな目で俺を見つめていた。
「そうだ。忘れたのか? 私は理央の秘密を握っていて、脅しているんだぞ。どう、脅すかはまだ決まってないが……いつも考えているんだ」
「瑛斗先輩が俺のことを……?」
「ああ、そうだ」
「ずっと……?」
「ずっとだ」
「そっか……」
瑛斗先輩の言葉に俺は安堵の溜め息が漏れ出すと、ゆっくりと瑛斗先輩から身体を離して少しだけ離れた。
「瑛斗先輩……。俺、やっぱり……。瑛斗先輩に見てもらえなくなることを、一番怖がっていたみたいです」
「だから、そんなことはありえないと何度も言っているだろ?」
「そうですね。だって、瑛斗先輩ですもんね。でも……俺が歌詞を間違えたり、音程外したら? ターンに失敗してこけたりしたら、どうします? やっぱり、がっかりしますか?」
「……。不謹慎だと思うが、そんなリオンを見たら……。あまりの可愛さに、私の胸が張り裂けてしまうだろうな」
想像したのか、瑛斗先輩は手で胸元を抑えながら、うっとりとした表情を浮かべた。
「張り裂けてって……。張り裂けたら困っちゃいますよ……」
独特の言い回しに、俺は思わず笑みが零れてしまう。
「完璧……じゃないリオンでも、瑛斗先輩はいいんですか?」
「もちろんだ。私はリオンに完璧など求めてなどいない。人間なのだから、失敗もあるだろう」
(失敗もある……。そっか……)
瑛斗先輩の言葉で、微かに残っていた肩の重みと胸のつかえが完全になくなった気がして、俺は満面の笑みを瑛斗先輩に向けた。