廊下で瑛斗先輩とはっきりと目があったはずなのに、俺はあからさまに目を逸らされてしまった。
(なんで……)
意味がわからないまま不安と苛立ちは募るばかりで、さらに極めつけはその後のライブだった。
あの日のライブ以降、瑛斗先輩は欠かさずライブに足を運んでくれていることは、ステージの上から見えて知っていた。
だが、あの日のように、ハイタッチのときには姿を消してしまう。
これは完全に避けられているとしか思えず、最初はなにか気分を害してしまったのではないかと不安ばかりが募ったが、日が経つにつれて俺は苛立ちを覚え始めていた。
(昼休みには、俺が屋上にいることを知っているはずなのに! なんで来ないんだよ!)
瑛斗先輩がいつ来てもいいようにと、お弁当のおかずに、卵焼きをいつもより多めに忍ばせ続けている自分にも、腹が立ってきてしまう。
(俺ばっかり、バカみたいじゃん。なんだよ! 勝手に脅してきて、抱き締めて、キスして……。俺はもう用済みってことか? それとも、推しの担当変えか? そんなの直接言えばいいじゃないか!)
「ああ、もう!」
これ以上考えると怒りが爆発してしまいそうで、俺は残っていたご飯と、瑛斗先輩が来た時のために最後まで残していた卵焼きを、まとめて口の中に放り込んだ。
(本当は会って話したいのに……。まずはあの日、ハイタッチをしないで帰ってしまった理由を……。それに、俺を避けている理由を……。お礼だって言いたいのに……。瑛斗先輩のバカ!)
俺は食べ終わったお弁当箱を膝の上に置くと、乱暴に箸を重ねた。
「おうおう。荒れていらっしゃる」
和兄は俺の様子から状況を何か察してくれたのか、俺を落ち着かせるように頭を撫でてきた。
「まー。俺に話したくないなら、それでも構わないけどさー。理央は抱え込むところがあるから、ちゃんと口に出さないとダメだぞ」
「抱え込む……。俺、そんなに抱え込んじゃうタイプかな? 瑛斗先輩にも同じようなこと、言われた気がする……」
「おいおい。また、瑛斗先輩かー。あーあ、理央の頭ん中は瑛斗先輩でいっぱいだな」
和兄は呆れたように肩を竦めると、俺の両頬を指先で摘まんで、軽く引っ張ってきた。
「理央が瑛斗先輩のものになっちゃったら、お兄ちゃんは淋しいよ。はい、むにー」
おもちゃで遊ぶように俺の頬を和兄が何度も引っ張り始めたため、俺は溜め息をついて和兄の手首を掴むと、窘めるように俺の頬から手を離させた。
「痛いよ、和兄。だいたい、瑛斗先輩のものになんてなってないよ」
「ほんとかー? おでこにチューまでされた仲なのに?」