「あ、あれは……。だから挨拶だって……」
(本当は……抱き締められて、キスまでされたけど……。あれは、俺を落ち着かせるためだったから……ノーカンだよね?)
誰に向かって確認と言い訳をしているのかと思いつつ、つい、あの時のことを思い出してしまう。
瑛斗先輩から抱き締められたときに感じた体温。
名前を呼ばれながら近づいてきた瞳。
重ねらえた唇の感触。
全てを鮮明に思い出しそうになり、俺は自分の顔が赤くなるのを感じて、慌てて首を横に振って話を変えた。
「そ、そんなこと言ったら、和兄だって俺にしたじゃん」
「それは、理央が可愛いからに決まってるだろ」
真剣な顔で言う和兄に、俺は呆れたように深い溜め息をついた。
「和兄……。俺を小動物か何かと勘違いしてない? 瑛斗先輩だって……」
『私は理央が愛おしいと思ったから、した。それまでだ』
俺のおでこにキスをした理由を、はっきりと言い切っていた瑛斗先輩の表情も、今の和兄みたいに真剣だったことを思い出し、俺の頭はますます混乱してしまった。
「……。可愛いと愛おしいって、イコールなのかな……」
「ん? なんだって?」
浮かんだ疑問が微かに口から漏れ出してしまうと、和兄は確かめるように俺へ顔を近づけてきた。
「な、なんでもない! も、もう! この話はお終い! ほら、お弁当片づけるよ」
近づけられた和兄の顔を手のひらで押し退けて俺は顔を逸らすと、膝へ置いたままにしていた弁当箱を片づけ始めた。
「まあ、理央が言いたくなったらでいいけどさ。月宮先輩ばかりじゃなくて、俺にも頼れよな。今でも、理央のお兄ちゃんなわけだしさ」
「和兄……」
長男という立場から、両親以外に対して甘えるということをしてこなかった俺は、甘えさせてくれる存在がいることに、つい嬉しくなってしまう。
「うん……。ありがとう、和兄。俺、長男だから……。やっぱり、和兄みたいな存在って、なんだか嬉しいね」
和兄に向かって笑いかけると、和兄は感動したように目を潤ませて抱きついてきた。
「理央ー! お前はなんて可愛いんだ! アイツとは全然違うなー」
「和兄、暑いって。あー、もう! ほら、離れて!」
抱きついてきた上に、俺の頬へ頭を擦り寄せてきたため、俺は和兄を邪険に軽く押し退けた。
「なんだ。理央までアイツみたいにオレへ冷たくするのか……。お兄ちゃんは悲しいよ……」
顔を両手で覆い隠して泣いたフリをする和兄を、俺は横目で見つめながら溜め息をついた。
「さっきからアイツって何? 一体、何があったの?」
俺が質問をすると、和兄は待ってましたと言わんばかりに顔を上げた。
そして、俺を必死な目で見つめてくると、今度は俺の両肩を手で掴んできた。