屋上を出ると、俺と和兄は一階にある保健室へ向かって、並んで階段を下り始めた。
「そういえば、今日は何で生徒会に呼ばれてるの?」
「ん? 今日は、ゴールデンウィーク中にあった運動部の新人大会とかの結果報告と、経費の申請だったかなー」
「へぇー。やっぱり、三王子って大変だよね。ゴールデンウィーク中までお疲れさま」
「まあ、俺はこれと言って予定はなかったからいいんだけど。色々な試合が見られて楽しかったしな。理央はゴールデンウィーク中どうしてたんだ?」
「俺? 俺は弟たちと大きな公園へお弁当持って、遊びに行ったりしたよ」
(そういえば、あの時も双子が瑛斗先輩は来ないのかって、何度も聞いてきて大変だったな……)
瑛斗先輩に会いたいという双子を、出掛ける直前まで窘めるのが大変だったことを思い出し、俺は思わず溜め息が漏れてしまった。
「……。あれだな。今の理央は、家族サービスに疲れた、連休明けのお父さんサラリーマンみたいだな」
「えー、なにそれ。そんなことな……」
言いかけながら、俺は階段を下りる足を止めた。
足を止めたのは、微かに階段を上ってくる足音が聞こえてきたからだ。
そのため、俺は小声で和兄に話しかけた。
「ごめん、和兄。俺やっぱり、保健室へは一人で行くよ……」
和兄も足音に気付いたのか、その場で足を止めた。
「理央……」
「大丈夫だよ。ほら早く、先に行って」
心配そうに見つめてくる和兄に俺は手を振って、先に階段を下りるよう促した。
「しょうがない。けど、何かあったらすぐに連絡するんだぞ」
仕方なさそうに肩を竦めてから和兄は頷くと、俺と距離をとるため、足早に階段を下りていった。
俺は前髪を手櫛で梳かして目元を念入りに隠し、時間をかけてゆっくりと階段を下り始めようとするが、またすぐに足を止めることになった。
「あれ? 月宮先輩じゃないですか。どうかしたんですか?」
「波多野……」
(えっ……!)
突然聞こえてきた瑛斗先輩の名前と声に驚いて、俺は思わず踊り場まであと一歩の階段途中で、隠れるようにしゃがみこんでしまった。
どうやら階段を上って来ていたのは瑛斗先輩で、下りた和兄と鉢合わせしたようだった。
(な、なんで隠れてるんだ俺。あっちが避けてるんだし、俺が隠れる必要なんてないだろ!)
そう思いながらも、俺は階段の途中でしゃがみこんだまま、立ち上がることができなかった。
(俺、確かめたかったはずなのに……避けられている理由をちゃんと……)
瑛斗先輩へ今すぐ話しかけたいはずなのに立ち上がれないのは、瑛斗先輩に避けられている理由を、本当は知るのが怖いからだと、自分が一番よく分かっていた。
手に持っていた弁当袋を抱き抱えるようにすると、俺は抱き締める腕に力を込めた。
「理央へ会いに来たんですか?」
「いや、私は……。波多野に……用事があったんだ。生徒会に急な来賓が会って、今日の集まりは明日に変更するとのことだ」
(なんだ、やっぱり俺へ会いに来たわけじゃないんだ……)
分かっていたことだと思いながらも、悔しいような悲しいような気持ちがごちゃ混ぜになって、抱き締めていた弁当袋へさらに力を込めて顔を埋めた。
「へー。生徒会も呼んでおいて随分勝手ですねー。でも、月宮先輩。それならスマホで連絡くれればよかったんじゃないんですか? 知ってますよね、オレの連絡先」
「あっ、ああ……。実は、スマホを……教室のカバンに忘れてきてしまったんだ」
「ふーん。それ、ほんとですか? オレのことをダシにして、理央へ会いに来たんじゃないんですか?」
(か、和兄! 何言って……!)
俺は慌てて、抱き締めていた弁当袋に埋めていた顔を上げた。