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第89話 確かめたかったはずなのに……

 屋上を出ると、俺と和兄は一階にある保健室へ向かって、並んで階段を下り始めた。


「そういえば、今日は何で生徒会に呼ばれてるの?」


「ん? 今日は、ゴールデンウィーク中にあった運動部の新人大会とかの結果報告と、経費の申請だったかなー」


「へぇー。やっぱり、三王子って大変だよね。ゴールデンウィーク中までお疲れさま」


「まあ、俺はこれと言って予定はなかったからいいんだけど。色々な試合が見られて楽しかったしな。理央はゴールデンウィーク中どうしてたんだ?」


「俺? 俺は弟たちと大きな公園へお弁当持って、遊びに行ったりしたよ」


(そういえば、あの時も双子が瑛斗先輩は来ないのかって、何度も聞いてきて大変だったな……)


 瑛斗先輩に会いたいという双子を、出掛ける直前まで窘めるのが大変だったことを思い出し、俺は思わず溜め息が漏れてしまった。


「……。あれだな。今の理央は、家族サービスに疲れた、連休明けのお父さんサラリーマンみたいだな」


「えー、なにそれ。そんなことな……」


 言いかけながら、俺は階段を下りる足を止めた。


 足を止めたのは、微かに階段を上ってくる足音が聞こえてきたからだ。


 そのため、俺は小声で和兄に話しかけた。


「ごめん、和兄。俺やっぱり、保健室へは一人で行くよ……」


 和兄も足音に気付いたのか、その場で足を止めた。


「理央……」


「大丈夫だよ。ほら早く、先に行って」


 心配そうに見つめてくる和兄に俺は手を振って、先に階段を下りるよう促した。


「しょうがない。けど、何かあったらすぐに連絡するんだぞ」


 仕方なさそうに肩を竦めてから和兄は頷くと、俺と距離をとるため、足早に階段を下りていった。


 俺は前髪を手櫛で梳かして目元を念入りに隠し、時間をかけてゆっくりと階段を下り始めようとするが、またすぐに足を止めることになった。


「あれ? 月宮先輩じゃないですか。どうかしたんですか?」


「波多野……」


(えっ……!)


 突然聞こえてきた瑛斗先輩の名前と声に驚いて、俺は思わず踊り場まであと一歩の階段途中で、隠れるようにしゃがみこんでしまった。


 どうやら階段を上って来ていたのは瑛斗先輩で、下りた和兄と鉢合わせしたようだった。


(な、なんで隠れてるんだ俺。あっちが避けてるんだし、俺が隠れる必要なんてないだろ!)


 そう思いながらも、俺は階段の途中でしゃがみこんだまま、立ち上がることができなかった。


(俺、確かめたかったはずなのに……避けられている理由をちゃんと……)


 瑛斗先輩へ今すぐ話しかけたいはずなのに立ち上がれないのは、瑛斗先輩に避けられている理由を、本当は知るのが怖いからだと、自分が一番よく分かっていた。


 手に持っていた弁当袋を抱き抱えるようにすると、俺は抱き締める腕に力を込めた。


「理央へ会いに来たんですか?」


「いや、私は……。波多野に……用事があったんだ。生徒会に急な来賓が会って、今日の集まりは明日に変更するとのことだ」


(なんだ、やっぱり俺へ会いに来たわけじゃないんだ……)


 分かっていたことだと思いながらも、悔しいような悲しいような気持ちがごちゃ混ぜになって、抱き締めていた弁当袋へさらに力を込めて顔を埋めた。


「へー。生徒会も呼んでおいて随分勝手ですねー。でも、月宮先輩。それならスマホで連絡くれればよかったんじゃないんですか? 知ってますよね、オレの連絡先」


「あっ、ああ……。実は、スマホを……教室のカバンに忘れてきてしまったんだ」


「ふーん。それ、ほんとですか? オレのことをダシにして、理央へ会いに来たんじゃないんですか?」


(か、和兄! 何言って……!)


 俺は慌てて、抱き締めていた弁当袋に埋めていた顔を上げた。

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