「それは……」
「あっ。でも、理央のことは避けてるらしいじゃないですか? なのに、今更ノコノコ会いに来るなんて……ちょっと勝手すぎますよね? 自分が会いたくなったから、会いに来たんですか?」
(ちょ、ちょっと和兄……!)
これ以上和兄に好き勝手言われてしまっては困ると、俺は慌てて立ち上がりかけたとき、コンクリートの壁を殴ったような低い音が階段に響いた。
「いいかげんにしてくれますか? いくら月宮先輩でも、理央を振り回して傷つけるのは許せないんですよね」
(えっ……えっ……?)
今まで聞いたことのない、まるで怒ったような低いトーンの和兄の声に驚き、俺は立ち上がりかけていた身体を思わず元に戻して、再びしゃがみこんでしまった。
「私が理央を傷つけた……」
「そうですよ。なんで、理央のこと避けているんですか?」
「そ、それは……」
「やっぱり、月宮先輩は分かっていて理央のことを避けてるんですね。なのに、よくそんな被害者ぶった顔していられますね!」
声を荒げる和兄に、俺はさすがに言い過ぎだと焦り、二人の間に割って入ろうと慌てて立ち上がった。
だが、立ち上がった瞬間、頭から血の気が引くのを感じた。
(あ、まずい……)
頭の中でそう思い、視界が歪みかける中で咄嗟に階段の手すりを掴んだ俺は、なんとか前に向かって勢いよく倒れずに済んだ。
しかし、倒れないように一歩踏み出して踏ん張ろうと踊り場についた片足からは、浮遊感を感じた。
力が入らない手で掴んだ手すりから、滑り落ちるように踊り場で膝をつき、そのまま身体の力が抜けたように倒れ込んでしまった。
「んっ? 理央……?」
聞き慣れない物音から和兄が異変を感じたのか、勢いよく階段を駆け上がってくる足音が遠くから聞こえてきた。
「り、理央! 理央、大丈夫か?」
階段の踊り場で倒れ込む俺を見つけて、さらに慌てて階段を駆け上がって駆け寄ろうとしてくれているのを感じたが、不思議と音は遠ざかっていくばかりだった。
何度も和兄から名前を呼ばれる中、瑛斗先輩の声も混ざって聞こえた気がするが、俺の記憶はそこで途絶えてしまった。