「さ、さすがだ理央……。こうも鮮やかとは……」
長距離マラソンを全速力で走り終えたように、立てずにソファーへ寄りかかった姿のまま力尽きている瑛斗先輩と和兄に、俺はゆっくりと歩みを向けた。
「和兄、瑛斗先輩。ありがとうございます。その……ご迷惑をおかけしました」
俺は座ったままの二人の目の前に立つと、深々とお辞儀をした。
「理央のためなら、どうってことないさ。それより、もう体調は大丈夫なのか?」
和兄は立ち上がって俺の長い前髪を指に絡めて掻き上げると、少しだけ屈んで、俺の顔を覗き込むように顔色を確認した。
「顔色はまあ、昼よりはよくなったみたいだけど……。やっぱりどこか疲れた顔をしてるな……」
「もう大丈夫だよ。やっぱり寝不足ってよくないね。本当にごめんね、迷惑かけて……」
「バーカ。こういうときは謝るんじゃなくて、ありがとうだろ?」
「うん。ありがとう」
俺は満面の笑みを和兄に向けたが、和兄の後ろで座ったまま、俺の視線から逃げるように俯く瑛斗先輩が視界に入った。
(やっぱり避けられてる……。でも……)
このままでは駄目だと思い、俺は意を決して瑛斗先輩に話しかけた。
「え、瑛斗先輩も……ありがとうございます! 車で送ってくださったんですよね?」
緊張が悟られないよう、俺は瑛斗先輩にできるだけ明るく声をかけるが、瑛斗先輩は顔を逸らして俯き、頷くだけだった。
(ダメ……か。でも、なんで……? この間まであんなに……)
胸が締め付けられ、淋しさから泣きたい気持ちになるが、俺は必死に平静を装うため、拳をつくって親指を握り締めた。
「……。あーあ。理央はなんて可愛いんだろうなー」
手を大きく広げて、わざとにしか思えないほど大袈裟に声を張り上げた和兄は、急に俺のことを抱き締めた。
「か、和兄!」
俺は慌てて和兄の腕の中から逃げ出そうと、必死に和兄の胸元を押すが、和兄の身体はびくともしなかった。
「あー! かずやくんが、りおくんのこと、ぎゅーしてるー」
「ずるい、ずるい!」
俺を抱き締める和兄の姿に気が付いた双子は、おもちゃを片づける手を止めて、俺と和兄の元に走り寄って来た。
「まおもー!」
「れおもー!」
走り寄ってきた双子は俺と和兄の足にそれぞれ抱きつくと、俺たちを見上げてきた。
「いいだろー? だって理央お兄ちゃんは、今日からオレのものだからー」
見上げてくる双子を揶揄うように不敵な笑みを浮かべた和兄は、俺を抱き締める腕にさらに力を込めた。
「だめー! りおくんは、あげないー」
「はーなーれーて!」
双子は和兄から俺を奪い返そうと、必死になって和兄の制服のズボンを掴み、引っ張っり始めた。
そんな双子を見て楽しむように、今度は俺を抱き締めたまま、和兄は俺のことを床から少しだけ持ち上げた。
「ほーら。ちゃんと止めないと、このまま理央お兄ちゃんをおうちに連れて帰っちゃうぞー。いいのかなー?」
「だーめー!」
「えいとおうじー! たすけてー! りおくんが、つれてかれちゃうー!」
瑛斗先輩へ向かって双子は助けを求めると、瑛斗先輩は反射のように立ち上がりかけるが、すぐに元に戻って俯いてしまった。