「はやくー!」
「えいとおうじー!」
「あ、ああ……」
双子に向かってなんとか返事はするものの、その場から動こうとしない瑛斗先輩の態度に、俺の胸はさらに酷く締め付けられた。
(なんだよ……。前は和兄が俺の髪を搔き乱しただけで、引っ張ったくせに……。もう、本当に俺のこと、どうでもよくなって……)
和兄に髪を搔き乱され、瑛斗先輩に取り返えされるように引っ張られたとき、俺は瑛斗先輩がなぜそんなことをしたのか理由がわからなかった。
わからなくて、同じことをレンさんにしていたサクヤさんへ向かって質問をしたくらいだ。
だけど今、一つの可能性がパッと頭に浮かんだ。
(あれは……もしかして嫉妬だった……? 俺、瑛斗先輩に嫉妬して欲しいって思ってる……? えっ……?)
思ってもみなかった感情に気付いて俺は戸惑っていると、和兄が俺を抱き締める腕に、さらに力が込められたのを感じた。
「オレが本当にもらっていきますよ。いいんですね?」
(えっ……?)
双子を揶揄うさっきまでの口ぶりとは明らかに違う和兄の話し方に俺は驚いて、和兄の腕の中で埋めさせられていた胸板から、なんとか身じろいで和兄の顔を見上げた。
見上げた和兄の顔は、さっきまでの悪戯をする少年のような顔から、いつのまにか真剣なものに変わっていた。
(和兄……?)
「やーだー!」
「はなしてー!」
「まっ……」
「おい! なんをそんなに騒いで……」
瑛斗先輩が何か言いかけたように聞こえた気もするが、リビングの扉を開けて突然現れた那央の声に掻き消されてしまった。
「あっ……」
「……」
リビングの扉を開けたまま、眉間に皺を寄せた怒った顔で微動だにしない学ラン姿の那央に、俺は自分の置かれている状況に気付いて、思わず固まってしまった。
(おいおい……。家に帰ってきたら兄が男に抱き締められているなんて、地獄絵図すぎるだろ……)
そんな、一瞬静まり返ったリビングで、誰よりも先に声を荒げたのは和兄だった。
「な、なんでお前がここに……!」
(えっ……?)
俺を抱き締めながら和兄は声を震わせると、片手で那央を指差した。
「なおくん、たすけてー。りおくんがつれてかれちゃうー」
「とられちゃうー」
「ああん?」
双子は那央の元に走って向かい、那央の足にしがみつくと、まるで那央を盾にするかのように後ろに回り込み、顔をひょこっと飛び出させた。
先程以上に眉間へ皺を寄せて、まるで般若のような表情で怒りを露わにする那央を前にした和兄は、俺から身体を離すと、たじろぐように一歩後退った。
「な、なおって……。えっ……? もしかして……。お前が那央なのか……?」
「そうだよ。やっと気付いたのかよ。相変わらず、鈍臭いなー」
「鈍臭いって……気付くか! てか、う、嘘だ! お前が、あの可愛かった那央なんて俺は信じない! 嘘だよな、理央?」
必死な表情で俺を見つめてくる和兄だったが、俺はゆっくりと首を横に振った。
「正真正銘、俺の弟の那央だよ。この前、大きくなったって話したでしょ?」
「う、嘘だー!」
ショックで崩れるように、絨毯の上で膝をついた和兄は、天を仰ぐようにしながら顔を手で覆い隠した。