「……!」
まるで、リオンを目の前にしたときのように、慌てふためいた様子で上体を起き上がらせた瑛斗先輩へ向かって、俺は自分の唇に人差し指を当てた。
「シーッ……」
俺のジェスチャーで、辺りを見渡して状況を理解した瑛斗先輩は、自分の口元を手で覆い隠すと、俺に向かって何度も頷いて見せた。
(とりあえず……)
俺はリビングに移動しようと思い、今度は人差し指を床に向かって指差すと、瑛斗先輩は理解したように頷き返してくれたため、俺は物音を立てないよう静かに立ち上がった。
「えいと……お……じ……」
玲央と真央のどちらか分からなかったが、微かに瑛斗先輩の名前を呼ぶ寝言が聞こえると、俺は胸が締め付けられた。
(もう、うちには……)
瑛斗先輩は来てくれないかもしれないという考えが頭を過ったが、今考えてもしょうがないことだと咄嗟に自分へ言い聞かせた俺は、瑛斗先輩と部屋を出てドアを閉めた。
「理央……」
なんだか久々に瑛斗先輩から名前を呼ばれた気がして、嬉しさと切なさが混在した気持ちになった俺は、まるで聞こえなかったかのように返事もせず、階段へ先に向かった。
返事をしなかった俺に違和感を感じているはずなのに、瑛斗先輩はそれ以上何も言わず、俺の後ろを黙ってついてきた。
沈黙が続く中でリビングに辿り着き、俺は少し周りを見渡してどこで話そうかと考え、とりあえず三人掛けソファーへ腰かけることにした。
ソファーの端っこに座った俺を見て、立ったままだった瑛斗先輩は数秒何かを考えたあと、戸惑いながらも俺と同じようにソファーの端っこへ腰かけた。
「……」
並んで座ったはいいものの、何から話しかけていいのかわからず、俺は座ったまま、自分の膝の上に置いた手を見つめた。
だが、このままでは駄目だと思い直し、俺はとりあえず今日の話をしようと、俯き気味に話し始めた。
「今日は……。助けてくださって本当にありがとうございました。那央に連絡するときも、那央が心配しないように配慮してくれたり、双子のお迎えまで……。本当にありがとうございます」
「いや、私は……。正直、波多野に言われるがまま動いていただけだ。それより……。体調は大丈夫なのか? 波多野も保健医も、寝不足からの貧血だとは言っていたが……。どこか調子が悪いのなら、今からでも病院へ……」
(そんな顔しないでくださいよ……。俺の顔も見られないくせに……)
心配してくれているのは横顔から伝わってくるのに、俺のことを見ようとしない瑛斗先輩。
俺は皮肉を言いたくなる気持ちを抑えつつ、そんな瑛斗先輩の態度に気付かないフリをしながら、なんとか笑いかけた。