「瑛斗先輩が来なくなって一週間か……。理央もそろそろ淋しいんじゃないかー?」
「別に。俺はなんも気にしてないけど」
(嘘……。本当はずっと気にしてる……)
屋上へ向かう途中の階段で偶然会った和兄に、階段を上りながら揶揄う口ぶりでそんなことを言われ、俺は素っ気なく答えてしまう。
ノアが転校してきてからというもの、瑛斗先輩は昼休みに屋上へ顔を見せなくなった。
原因は、ノアがずっと瑛斗先輩と一緒にいるからだ。
ノアは昼休みになると、クラスメイト中から一緒に食べないかと誘われるが、決まってこう言う。
『エイトと約束があるから』
そう言って、ノアは瑛斗先輩を迎えに行くため、教室を出ていこうとするとき、俺の横をわざわざ通ってほくそ笑んでいく。
いや、単に俺へ笑いかけているだけかもしれないが、俺には自分の方が瑛斗先輩と仲がいいんだと、無言でアピールされているように思えた。
(歪んでる、こんな考え……。俺、こんな嫌なヤツだったんだ……)
自分にこんな醜い感情があったなんて知る由もなかったし、知りたくもなかった。
ノアの口から瑛斗先輩の名前が出る、たったそれだけで、俺の胸は締め付けられて苦しくなる。
(はぁー……)
胸の奥に溜まる黒くてドロドロしたものを吐き出すように、屋上入り口前の踊り場に着いた俺は、心の中だけで深い溜め息をついた。
「そういや、まだ雨は止んでないか……。仕方ない。理央、今日はそこの影で食うか?」
「あ、うん。そうだね」
朝から降り続けている雨のせいで、屋根のない屋上には出られなかったため、階段から誰かが上って来ても死角になる、踊り場の隅に俺と和兄は移動した。
「あっ! そういえば、理央。三王子選に立候補したんだな。ったく、立候補したなら言ってくれればいいのにさー。水くさいぞ」
「えっ……?」
「えっ?」
床に座って胡坐をかいた和兄から急に寝耳に水なことを言われて、俺は思わず動揺してしまうと、和兄は俺の反応にきょとんとしていた。
「ん? 理央が自分で立候補したんじゃないのか?」
「したんじゃないのかって……。えっ? そんなわけないでしょ。俺があんだけ嫌だって言ってたの、聞いてたよね?」
「いや、でも……。明日貼り出し予定の候補者リストに、理央の名前が入ってたぞ。だから、てっきり気持ちが変わったのかと……」
「う、嘘……」
立ったままの俺を見上げる和兄の顔は真剣で、俺は今の話が冗談でないこと分かると、抱えるように持っていたお弁当箱を持つ手から、力が抜けてしまった。
「おっと! 危なっ!」
床に落とす寸前のところで、前のめりになった和兄が無事キャッチしてくれたため、俺のお昼ご飯はなんとか死守されたが、今はそれどころでなかった。
「和兄が見間違いするとも思えないし……。えっ? でも、なんで? 俺、何もしてないよ。三王子選って、勝手に立候補とかさせられちゃうの?」
二年は和兄で、三年は瑛斗先輩。
この二人は不動で、一年は自分以外の誰かがなるくらいにしか思っておらず、俺は三王子選の候補者は、自薦他薦で選ばれるくらいしか仕組みを知らなかった。
「まあ、理央が自分で立候補してないなら、他薦だな。あ、先に言っとくけど、オレじゃないからな」
「わ、わかってるよ。他薦……って、えっ、待って! 他薦って、本人の意思とか確認しないで話が進んじゃうもんなの?」
焦る気持ちから、つい早口になっていまう俺の質問に、俺のお弁当を安全な場所に避難させようと床に置いた和兄は、腕を組んで不思議そうに首を傾げた。
「いや、そんなはずは……。オレも瑛斗先輩も他薦だけど、生徒会が確認しに来たし……」
「確認……。なにそれ? 俺、そんなことされてない……。俺、今すぐ生徒会室へ行ってくる。勝手に俺の名前使いやがって。しかも確認怠るなんて、業務怠慢だろ。そんなふざけた推薦、無効にしてやるんだ!」
焦りと沸々湧き立つ怒りが相俟って、俺は息巻いて生徒会室へ向かおうとするが、和兄に手を掴まれて、すぐに止められてしまった。
「落ち着け、理央」
「離してよ、和兄! 俺は……っ」
「理央ッ!」
和兄に掴まれていた腕を振り払おうとしたが、和兄に強く引き寄せられてしまってバランスを崩した俺は、座ったままの和兄に抱き留められてしまった。