「ちょ、ちょっと! 和兄、離してって」
突然の出来事に驚いて声が裏返りながら、慌てて和兄から身体を離そうとするが、すぐに背中へ腕を回されて、逃げられなくなってしまった。
「落ち着け、大丈夫だから。な?」
「和兄……」
抱き締められながら、まるで子どもをあやすように背中を優しく擦られると、自然と肩から全身へ身体の力が抜けていってしまった。
(なんか、昔もこうやって、和兄に落ち着くように抱き締められた気がする……)
俺は和兄の腕の中で、少しだけ目を瞑って息をそっと吐き出した。
目を瞑って思い出されるのは、転んで泣いた俺を優しく包み込むように抱き締めてくれた、子どもの頃の情景だった。
(和兄……)
「大丈夫。放課後までに理央のところへ生徒会が確認しにくるよう、俺がちゃんと手配しとくから。そう焦るなって、な? 目立つのを避けてるんだろ?」
「う、うん……」
冷静に和兄から諭されるように言われ、俺はもう一度息をそっと吐き出すと、いつのまにか落ち着きを取り戻していた。
「うん。ありがとう、和兄。それなら待つよ……」
俺はゆっくりと和兄から身体を離そうとすると、和兄も腕の力を緩めてくれて、俺はそのまま和兄へ向かい合うかたちで床に腰を下ろした。
「ほら、弁当。あと、俺のジュースもやるからさ。そう、カリカリすんなって。な?」
「あっ、うん……。ありがとう」
落下から救出してくれた俺のお弁当と、冷えたオレンジのパックジュースを和兄に差しだされ、俺は頷きながら両手で受け取った。
「さて。それで? 理央は心当たりあるのか? 三王子選へ勝手に推薦したヤツに」
「ない……よ。ないようにするために、こんな風に隠れて和兄とごはん食べるくらい、入学してから大人しく過ごしてるんだから」
「まあ、それもそうだよな」
納得するように頷く和兄を見て、俺は膝の上でお弁当を広げ始めながら、心の中で大きく溜め息をついた。
(俺の嫌な予感、どうか外れていて欲しいな……)
当選するはずもない三王子に俺を推薦した理由は、悪戯または嫌がらせとしか思えない。
なので、三王子に当選させることが目的じゃなく、落選または推薦されたことで、俺がダメージを受けることが目的だろうと仮定してみる。
(だとすれば、犯人は……)
最初から犯人の可能性は一人しか思い浮かんでいなかったが、頭の中で浮かんだその人物に、俺はもう一度心の中で深い溜め息をつくしかなかった。
(相澤ノア……か)
頭の中でノアが俺に向かって嘲笑う顔が思い浮かび、俺は頭の中から振り払うように首を横に振った。
「んっ? どうした」
「な、なんでもない。なんでもないよ」
(今はなんの証拠もないわけだし、決めつけるのはよくないよな……)
そう決めた俺は、そのまま和兄へ打ち明けずに黙っていることにした。
「あ、そういえば。今日は月宮先輩、あとでここに来るって言ってたぞ」
「えっ! 本当?」
俺は久々に瑛斗先輩と話ができると、嬉しくて思わず声を弾ませてしまう。
そんな俺を見て和兄は、一瞬目を丸くしたが、すぐに笑って溜め息をついた。