「その……今日は天気が憂鬱だなーって思っただけ。こんな日は、洗濯ものを部屋干ししてもうまく乾かないしさー。このままあっという間に梅雨入りして、夏になっちゃうんだろうね」
「そうだなー。理央はちなみに夏と冬、どっちが好きなんだ?」
「えー、冬かな。寒さなら着込めばどうにでもなるし。夏の日差しと暑さは、どうにも苦手で……」
「へぇー。俺はどっちも好きだけどなー。そうだ、夏休みは双子も連れて、うちの別荘に行こうぜ」
「えっ! 和兄、別荘持ってるの?」
「俺の、じゃなくてうちのだけどな。避暑地だから涼しいし、庭でバーベキューも花火もできるぞ。あ、川も近いから水遊びもありだな」
「えー、すごい楽しそう! きっと、那央も喜ぶよ」
俺が那央の名前を出した途端、和兄は明らかに険しい表情を浮かべた。
「アイツも来るのか……。まあ、そうだよな……」
溜め息混じりに言う和兄の姿に、俺は思わず首を傾げた。
「えっ……? 那央はダメなの?」
「ダメ、じゃないが……。まあ、一人残しても可哀そうだしな……うん……」
また溜め息をついた和兄は不服そうにすると、なにか考えているのか、それとも雨音に耳を澄ませているのか、お弁当を食べる手を止めて遠くを見つめていた。
(和兄と那央って……)
俺には二人の仲が良いのか悪いのか、さっぱり分からなかった。
ただ、俺にわかるのは、和兄は口で言うほど、那央のことを嫌っていないということだ。
「和兄も素直じゃないね」
「おいおい、それってどういう……ん?」
和兄が言いかけたのは、誰かが階段を上りながら、言い争っているような会話が聞こえてきたためだった。
「ねえ、エイト! どうして僕に教えてくれないの?」
(この声……)
聞き覚えのある声がして、俺は思わず反射的に背筋を伸ばしてしまうと、和兄と顔を見合わせた。
「ノアが聞いたら、きっと困るだけだ。だから……」
「そんなことない! ねえ、お願い! 教えてよ、エイト!」
(ノアと瑛斗先輩……?)
階段から死角になっている俺たちには声しか届いてこなかったが、その声は間違いなく、瑛斗先輩とノアだった。
「エイトッ……!」
「……」
どうやら瑛斗先輩とノアは、すぐ下の踊り場で立ち止まったようで、さらに二人の会話がはっきりと聞こえてきてしまう。
(立ち聞きするのはよくない……。でも、今出ていくのも……)
和兄と無言で顔を見合わせて、どうしようか判断に迷っていると、ノアはさらに感情的に声を荒げ始めた。
「ねえ、どうして? どうして僕のそばからいなくなったの? 僕がどれだけ淋しかったか、エイトは本当にわかってるの?」
「それは……。本当にすまないと思っている……」
「エイトはわかってないよ! わかってないから、平気で僕のこと一人で置いていけたんだ。ヒドイよ、エイト……。僕が一年以上、どれだけ淋しい思いをしてきたかわかる?」
「ノア……」
瑛斗先輩の困り果てた声を聞いて胸を締めつけられた俺は、居ても立ってもいられず、食べかけの弁当を床に置いて立ち上がった。
「理央……?」
小声で俺の名前を呼んだ和兄は俺を見上げていたが、俺はそのまま階段に向かって飛び出して大声で叫んだ。
「いいかげんにしろよ!」
俺が突然大声をあげて現れたことで、瑛斗先輩とノアは驚いた顔をしていたが、俺はそんなことも気にせず、そのまま階段を駆け降りた。
そして、踊り場にいた瑛斗先輩とノアの間に割って入ると、俺はまるで瑛斗先輩を守るように背に隠して、ノアを思いっきり睨みつけた。