そんな俺たちのやりとりを見て、肩を震わせながらふらついた足取りで一歩後退ったノアに、今度は瑛斗先輩が俺を背に隠すように立ちはだかった。
「ノア……」
俺に背を向けているため表情は見えなかったが、ノアの名前を呼んだ瑛斗先輩の真剣な声に、ノアも思わず息をのんで瑛斗先輩を見つめていた。
「実は……。母と、祖父母……家族が亡くなったんだ。私をウィンターホリデーで迎えに来る途中、交通事故で……。だから、イギリスで身寄りがなくなってしまった私は、日本にいる父を訪ねて、ここにやってきたんだ」
感情を殺しているのか、まるで他人事のように淡々と瑛斗先輩は話すと、ノアはすぐには理解できない様子だった。
だが、ノアは息を飲み込むと、瑛斗先輩へ近づいて、瑛斗先輩の両腕をしがみつくように掴んだ。
「えっ……。なら、余計に僕を頼ってくれれば良かったよね? 僕ならエイトの力になれたはずだよ。知ってるでしょ? 僕の家、お金持ちなの。話してくれれば、ずっとあっちで一緒にいられたのに。どうして、エイトは僕に言わなかったの?」
(コイツ……)
瑛斗先輩が口にすることも辛い話をしたにも関わらず、一方的に詰め寄ってくるノアに、俺はとうとう怒りが抑えきれず、瑛斗先輩の腕を掴むノアの胸ぐらを掴みかかった。
「お前! いいかげんにしろよ!」
「ヒッ!」
「理央っ!」
掴みかかられたことも喧嘩をしたことも、ノアは今まで一度もないのだろう。
ノアは俺に胸ぐらを掴まれると、瑛斗先輩の腕を掴んでいた手を慌てて離して、顔を強張らせていた。
そのまま動けずにいるノアへ向かって、俺は構わずノアの胸ぐらを掴む手に力を込めて引き寄せると、顔を思いっきり近づけて睨みつけた。
「瑛斗先輩が家族を亡くして、どれだけ辛い思いをしたかわかってんのか? それなのに、僕は僕はって……。ふざけるのもいいかげんにしろよ!」
「理央……。いいんだ。私がいけなかったんだ……」
瑛斗先輩は俺を宥めるように、ノアの胸ぐらを掴む腕側の肩にそっと手を置いてきた。
だが、俺はノアが謝るまで離さないと、瑛斗先輩は何も悪くないと首を横に何度も振った。
無言でやりとりをする俺たちを、今度は茫然と見つめていたノアだったが、胸ぐらを掴んでいた俺の手首を手で握り締めてきた。
「僕は悪くない! そうか、やっぱりお前が僕のエイトを変えたんだな! 返してよ、僕のエイトを! 僕だけに優しかったエイトを!」
「……。はあー……」
こんな興奮状態のノアに何を言っても無駄だと悟った俺は、掴んでいたノアの胸ぐらからそっと手を離した。
「これ以上、話しても無駄だな。行こう、瑛斗先輩」
俺は瑛斗先輩の腕を掴むと、今度こそ、その場から引き剥がすように走り出した。