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第124話 私は理央を泣かせてばかりだな

 瑛斗先輩の手を引っ張りながら、俺は必死に走った。


 他の生徒に見られたり、すれ違ったかなんて覚えていないほど、ただ、瑛斗先輩をあの場から連れ出すことだけを頭で考えていた。


 だが、走っているうちにさっきのことで、俺の頭に一つの可能性が浮かんだ。


 その可能性に気付いた瞬間、苦しいと悲鳴を上げている心臓とは別に、息が苦しくなるくらい俺の胸は締め付けられた。


 悲しくもないのに、涙が込み上げそうになって目の奥が熱くなる。


(俺……俺……)


 足を止めて瑛斗先輩に向かって振り向いたら、俺は罪悪感で涙を抑えられないかもしれない。


(俺のせいだ……)


 目元を綻ばせていた瑛斗先輩の優しい笑顔が頭に残って、俺の息をさらに詰まらせた。


「はぁ……はぁ……」


 夢中で階段や廊下を走り続けて無意識に辿り着いたのは、俺が初めて瑛斗先輩に呼ばれて連れ込まれた、あの空き教室だった。


 駆け込むように瑛斗先輩と中に入ってドアを閉めると、外の世界と遮断され、瑛斗先輩と二人っきりになったと安心したのか、俺は少しだけ落ち着きを取り戻した。


(謝らないと……! 瑛斗先輩に……)


 俺は急いで肩で息をする呼吸と速まる心臓の鼓動を鎮めようと、大きく息を吸って吐き出した。


 だが、少しだけ息が整ってきても、俺はすぐに瑛斗先輩へと振り向くことはできなかった。


 ドアを背にして立つ瑛斗先輩が、一体どんな顔をしているのか想像する。


 こんな俺の突然な行動に驚いて、不思議そうな顔。


 俺が息を切らしていることに、心配そうな顔。


(違う……。瑛斗先輩ならきっと……)


 俺は決心して、瑛斗先輩に向かって振り向いた。


「……!」


 瑛斗先輩は俺の予想通り、優しく笑みを浮かべていた。


 階段でおでこにキスをしてきた、俺の頭の中に残っていたあのときと同じ顔をしていて、俺は息が詰まるのを感じた。


「どうして……」


 無意識に涙と一緒に零れた言葉へ、瑛斗先輩の碧い瞳が大きく見開いた。


「ど、どうして理央が泣くんだ? 走って苦しかったのか?」


 涙を拭ってくれようと、俺に向かって慌てて瑛斗先輩から手を差し伸べられるが、俺にはその資格はないと首を横に必死に振った。


「俺の……せいですよね? ご家族のこと、ノアに話したくないのに話したの……」


「えっ……?」


「俺がこの前、知らないままは嫌だとか、苦しいとか瑛斗先輩に言ったから……それで瑛斗先輩はノアに……」


 瑛斗先輩が俺のことを避けていた理由を話さなかったとき、俺は瑛斗先輩に詰め寄った。


 そのときの瑛斗先輩を困らせていた姿は、さきほどのノアと変わらなかったと気付いた俺は、ノアをあんな風に責めた自分が恥ずかしくて仕方がなかった。


「俺、自分のことは棚に上げて……。サイテーですね……」


(あっ……。また自分のこと卑下するようなことを……。もう言わないって、決めたのに……)


 さらに自分が情けなくなって、唇を噛みしめながら俯く俺に、瑛斗先輩はそっと首を横に振った。


「私がノアに事情を話そうと思ったのは、理央が原因ではない。もう今なら……話せると思ったからなんだ」


「今なら……ですか?」


「そうだ。しかし……私は理央を泣かせてばかりだな。それとも、理央が泣き虫なんだろうか?」

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