少し笑みを零しながら、瑛斗先輩はもう一度俺に優しく手を差し出すと、俺の両目に溜まったままだった涙を、指先でそっと拭ってくれた。
「別に、俺は泣き虫じゃないですよ……」
「そうか……」
嬉しそうに頷いて、今度は俺の頬にそっと指先を触れさせてくる瑛斗先輩。
その指先が冷たいことに気付いた俺は、心配になって瑛斗先輩を見上げると、俺を安心させるように、瑛斗先輩はまだ笑みを浮かべていた。
「元々、ノアに事情を話さなかったのは……。日本へ行くことを反対されるのが、怖かったからなんだ」
「怖かった……? どうして? あ、いや……その……言いたくなければ……」
無神経に質問をしてしまったことに気付いた俺は、慌てて取り繕うとするが、そんな俺に向かって瑛斗先輩は、また静かに首を横に振った。
「いや、理央に聞いて欲しい。前のときのように、私の話を聞いてくれるか……?」
笑みを浮かべたままの碧い瞳が一瞬揺らいだように見えて、俺は瑛斗先輩を真っ直ぐ見上げたまま深く頷いた。
「ありがとう……。ノアは……日本語しか話せないのにイギリスの学校へ入学が決まったんだ。校内で唯一日本語が話せた私は、ノアが孤立しないようにと寮の同室になった。それからノアは、私を本当の兄のように慕ってくれていたんだ」
「そう……だったんですね」
(僕のエイトと言っていたのは、そういうことだったんのか……)
ノアが瑛斗先輩に執着している理由と、瑛斗先輩がノアを無下にしない理由がわかって、俺はやっと腑に落ちた気がした。
「あのときは、私にも弟ができたようで嬉しかった。だが、そんな私の思いが、ノアの世界を狭めてしまっていることに気が付いてもいた。ノアは他の友人をつくろうとはしなかったから……」
俺の頬に触れていた指先が離れていったのを感じて、俺はなんとなく瑛斗先輩を見ていられず、軽く俯いてしまった。
「……」
「このままでは駄目だと思いつつ、私はノアを強く突き放すことができなかった。ノアに泣かれてしまうと、何も言えなくなってしまったんだ……。そんなとき、事故が起きて……」
ほんの少しだったが、瑛斗先輩から声の震えを感じた俺は、慌てて俯いていた顔を上げた。
すると、瑛斗先輩は眉間に皺を寄せて、それでも俺に笑みを向けていた。
(どうして、そんなに無理して笑おうとするんですか……!)
そう叫びたくなったが、俺と同じように、無理にでも笑っておかないと感情が抑えられないんだと気付いて、俺は切なさで酷く胸が締め付けられた。
(この人はまた、一人で抱え込んでる……!)
そう気が付いた俺は居ても立ってもいられず、瑛斗先輩に向かって大きく手を広げた。
「理央……?」
「瑛斗先輩! 俺に抱き締めて欲しかったんじゃないんですか? 一人で抱え込まないでくださいよ! 俺が目の前にいるのに……」
「……!」
「お願いですから、俺を頼ってください!」
必死に訴えかける俺に瑛斗先輩は一瞬戸惑いを見せたが、嬉しそうにゆっくりと頷いた。
「理央……。私を……私を抱き締めてくれるか?」
「……っ! 当たり前ですよ、そんなの!」
俺に向かって少し遠慮がちに広げられた瑛斗先輩の腕の中へ、俺は唇を噛みしめながら勢いよく飛び込んだ。
そして、そのまま瑛斗先輩の背中に腕を回して、しがみつくように瑛斗先輩を抱き締めた。
(俺の胸、今これぐらい強く締め付けられているんですよ! わかりますか?)
瑛斗先輩に知って欲しくて、俺は目一杯の力を込めて抱き締めると、瑛斗先輩は俺を包み込むように抱き締め返してきた。