「ありがとう、理央……」
まるで幸せを噛みしめるように名前を呼ばれると、俺の胸は腕の力では表現できないほど、さらに締め付けられた。
俺はその分、瑛斗先輩の胸に顔を押し付けて、胸に湧き立つ何かを必死に瑛斗先輩に伝えようとした。
「事故のこと……私は誰かに一緒に受け止めて欲しかったんだと思う。同情や哀れみではなく、家族を失ってしまった喪失感、悲しみを……。そして、私のせいではないと……他の誰でもない。家族に言って欲しかったんだと思う……」
俺を抱き締めている瑛斗先輩の腕から少し力が緩められたのを感じて、俺は瑛斗先輩の胸の中で瑛斗先輩を見上げた。
「瑛斗先輩……」
名前をそっと呟くが、瑛斗先輩の視線は俺に向けられることなく、どこか遠くを見つめたままだった。
「ノアに話したら金銭面は工面してくれたと思うが、あのときの私はそんなことよりも……。背負ってしまったものを、少しでも楽にしたいという思いが強かった……。家族のいる日本に行けば……私は救われると思っていた。今思えば、助けて欲しいと必死だったんだろうな……」
(それなのに……。そんな必死だった瑛斗先輩に、瑛斗先輩のお父さんやお兄さんは……くっ……!)
俺は悔しさから唇を噛みしめると、さっきよりも、もっと強く瑛斗先輩を抱き締めた。
それはまるで、あのときはいなかったけど、今なら俺はここにいるよと伝えるような気持ちで強く、強く抱き締めた。
「理央……」
「全部、聞かせてください。瑛斗先輩の気持ち。俺が全部受け止めるから……だから……!」
瑛斗先輩の胸に顔を埋めて必死に訴える俺の肩に、瑛斗先輩はまるで甘えるように顔を擦り寄せてきた。
「ありがとう……。だから私は逃げたんだ。ノアのためと言いながら、結局は自分のために……。何も言わずにいなくなったんだ。ノアから頼られてしまったら、私は日本へは行けない思ったから……。こんな勝手な理由で、私はノアを一人置いて……傷つけたんだ……」
(本当に誰よりも優しい人……。こんなに傷ついているのに、それでもノアを気遣うなんて……)
俺は瑛斗先輩を抱き締めていた腕を緩めると、俺の肩に顔を埋める瑛斗先輩の頭をそっと撫でた。
「今日やっと、本当のことを話せてよかった……。理央がいると思うと……私は強くなれる。一歩を踏み出せる……。本当にありがとう」
「瑛斗先輩……」
「理央……」
まるで愛おしそうに名前を呼び返されて、少しだけさっきより強く抱き締められると、自分の胸の鼓動が速まるのを感じて、胸がいっぱいになる。
(俺と同じだ……)
瑛斗先輩から伝わってくる瑛斗先輩の胸の鼓動が、俺と同じタイミングなのを感じて、俺は嬉しさと同時に、胸に湧き立つ温かいものを感じた。
「私は幸せものだ……」
「えっ……」
瑛斗先輩がふと漏らした言葉に、俺は瑛斗先輩の腕の中で顔を上げた。
すると、今度はしっかりと、俺を優しい目で見つめてくる瑛斗先輩と目が合った。
俺の目に、はっきりと映る瑛斗先輩は、ちゃんと心から笑っていた。
本当に幸せそうに目尻を下げて、顔全体を綻ばせたその笑顔に、俺はある感情が込み上げてきた。
(この気持ちは……)
愛おしい。
込み上げて溢れそうになる気持ちの正体に気が付くと、俺は途端に顔が赤くなるのを感じた。