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第128話 この気持ちを返してもらおうとは思っていない

「えっ……」


 瑛斗先輩の口ぶりは冗談を言っているように思えず、俺の心臓の鼓動が途端に跳ね上がった。


 俺は思わず瑛斗先輩から手を離して、顔を逸らしてしまう。


「あ、愛してるって……。そんな簡単に口にしないでくださいよ。俺だからいいものの、瑛斗先輩信者とか、女の子だったら勘違いしちゃいますよ?」


「勘違い……? 私は勘違いさせる気など、初めからないぞ」


「えっ……?」


(それって……)


「理央を愛しているんだ」


(愛してる……)


 瑛斗先輩から何度聞いたかわからない言葉を、俺は頭の中で繰り返す。


 そして、困るという気持ちよりも、嬉しいという気持ちが勝っていることに気が付いた俺は、どうしていいかわからなくなってしまう。


「や、やだなー。瑛斗先輩。また、和兄と張り合ってるんですか? 和兄のは冗談なんですから、本気にしちゃだめですって。あっはっは……」


 思わず瑛斗先輩から離れようと、瑛斗先輩の胸を押して一歩後退ると、瑛斗先輩はまるで逃がさないと言うかのように、俺の手首を掴んだ。


「逃げないでくれ……」


「瑛斗先輩……」


 掴まれた手首に力が込められると、瑛斗先輩が本気だと言っているように感じて、俺は思わず手を振りほどいてしまった。


「理央……」


「ご、ごめんなさい。その……」


 怖かったわけでも、この場から逃げ出したかったわけでもない。


(瑛斗先輩のことは尊敬しているし、憧れている。けど……)


 好きだとか愛しているだとか、これから瑛斗先輩と俺はどうなりたいのか、未だにわからない。


(でも、これだけはわかる……俺は……)


「瑛斗先輩……俺……」


「いいんだ、理央……」


「えっ……?」


「私は理央に、この気持ちを返してもらおうとは思っていない」


(えっ……?)


「もう予鈴が鳴るな。そろそろ教室に……」


(ま、また、この人は……!)


 いつものように言いたいことだけを一方的に言って、自己完結して話をぶった切る瑛斗先輩に、俺はとうとう怒りを爆発させた。


「い、いいかげんにしてください! 瑛斗先輩のバカ!」


 俺は瑛斗先輩を押し退けてドアの鍵を開けると、空き教室を勢いよく飛び出した。

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