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第129話 俺はアイドルなんだから

 瑛斗先輩をバカ呼ばわりしてから一週間。


 制服がブレザーから、半袖ワイシャツにネクタイ姿の夏服へと衣替えを終えたころ、俺の周りは少しばかり慌ただしかった。


 まず、俺が一番心配していた三王子選は、手違いということで、なんとか公示される前に候補から取り下げてもらえた。


 おかげで俺の名前が、全校生徒へ知れ渡る前に事なきを得た。


 しかし、生徒会は内部機密だとか言って、自分たちの確認ミスを棚に上げて、俺には推薦者を教えてくれなかった。


(まあ、なんとかなったんだし。もう犯人なんて誰でもいいけどさ……)


 俺は自分を納得させつつ、三王子選は無事に俺抜きで行われた。


 結果、一年の三王子にはダントツ人気でノアが選ばれた。


 二年は和兄、三年は瑛斗先輩という、誰もが納得する面々が決まった新制三王子。


 そんな三王子となった三人は、昼休みに打ち合わせで生徒会室へ呼ばれてばかりで、俺は一人で昼休みを過ごすようになった。


(まあ、外へ出るためにいちいち日焼け止めを塗り直すのも面倒だったし。それに、間違って日焼けなんかしたら、今度こそ美容マニアのルカさんに殺される。暑いしさ……)


 誰に言うわけでもないのに、俺は屋上へ出ない言い訳を心の中で呟いた。


 本当は一人で屋上へ上がって食べていると、どうしても寂しさが溢れてしまうからだ。


 和兄と二人で食べていたところに、瑛斗先輩が加わって、テストのときは家に帰っても同じ風景で。


 他愛もない話をしながらみんなで笑って、今思えば、母さんが亡くなってから、こんなに心温まる日々を過ごしたことはなかった気がする。


(あーッ! ダメだ、ダメ! 俺はアイドルなんだから、いつでも笑ってないと)


 屋上手前の踊り場でお弁当を一人で早々に食べ終えた俺は、ワイヤレスイヤホンを耳につけた。


(よし。今日はもっと集中するために、音量をちょっと大きめにして……)


 気を紛らわせようと、手に持ったスマホでいつもより音量を大きめにして再生ボタンを押すと、俺は立ち上がって新曲の振付練習を始めた。


(ここは、ルカさんと背中合わせで……。タイミングあわせてターンして……)


 最近、ルカさんと動画配信する機会が増えた俺は、ダンスでもルカさんとペアを組むことが増えた。


 というのも、美容オタクとしてファンから崇められているルカさんが、美容に無頓着な俺を叱りながらスキンケアのレクチャーする動画が、人気シリーズになったからだ。


 以前、ルカさんがファンのみんなへ宣言したとおり、俺とルカさんは二人きりで配信する機会が与えられて、そのとき俺のスキンケア事情が話に上がった。


 特にこれといった努力をしていなかった俺を、烈火のごとく怒ったルカさんは、美容オタクの血が騒いだようで、俺にひとつひとつスキンケアの大切さを丁寧に教えてくれた。


(化粧ノリもよくなったし、ファンも増えたし、いいことずくめなんだけど……)


 いつのまにか、そのときの配信がファンの人たちの間だけでなく、オシャレに敏感な層にも当たったらしく、次々に拡散されていった。


 そのため、今ではリユニオン公式サイトで配信している動画史上、一番の再生数を記録したと事務所から最近聞かされた。


(センターを目指すって決めた以上、こんなチャンスは滅多にないはずなんだけど……。やっぱり、人の目に多く触れるっていうのは、俺の正体がバレるリスクも高まるわけで……)


 スキンケア動画のため、俺の顔が動画内でアップにして映されることも多く、月宮学園の生徒に見られて気付かれないか、少々ヒヤヒヤしている。


 だが、そう思いつつも、俺のファンだと言ってくれる人もリユニオンのファンも次々に増え、ライブ会場はいつも以上の盛況ぶりになってきていた。


(動画は一次的なブームだと思うし、そんなに心配しなくても大丈夫だろ……。でも、もし学校にバレたら、俺は……)

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