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第132話 愛おしくて、抱き締めたい。

「ど、どこか悪いのか? また貧血か? 気持ち悪いのか? よし、保健室に行くぞ!」


 矢継ぎ早に質問をして、答えを待たずに俺を抱き抱えようとする瑛斗先輩を、俺は必死に止めるため、瑛斗先輩の肩を押した。


「ま、待ってください! 瑛斗先輩。俺はその……疲れて座っていただけです」


(そ、それに俺……。まだ瑛斗先輩に怒ってるんですけど! わかってます?)


「また勝手に先走って、勘違い……しないでくださいよ」


(あ、俺……)


 怒っていると伝えようと、咄嗟に嫌味な言い方を口にして、瑛斗先輩を睨みつけている自分が嫌になる。


 だが、そんな俺の嫌味な態度に気付いていないのか、気にしていないのか、瑛斗先輩は安心したように俺に向かって笑ってみせると、俺の横で足の力が抜けたようにしゃがみこんだ。


「そ、そうだったのか……」


 今度は全身の力が抜けたように瑛斗先輩はうなだれると、大きく息を吸い込んで吐き出した。


「理央になにもなくてよかった……。理央にまたなにかあったのかと、私は……」


「瑛斗……先輩……」


(俺のこと、本当に心配してくれたんだ……。それなのに、俺……)


 よく見ると、瑛斗先輩の額と首には汗が滲んでいて、まだ微かに肩で息をさせていた。


 それだけ必死になって俺のために駆けつけてくれたんだと伝わってきて、俺は胸がどうしようもなく締め付けられた。


 愛おしくて、抱き締めたい。


 そんな沸々と湧き立つ思いを抑えるように、俺は瑛斗先輩から顔を逸らした。


「理央……?」


 心配そうに声をかけられるが、俺は瑛斗先輩に振り向けない。


 目を合わせてしまったら、気持ちが溢れ出してしまいそうで、俺は素っ気ない態度をとるしかなかった。


「今、授業中ですよね……? 瑛斗先輩こそ、どうしたんですか?」


「私か? 私は理央が廊下を走っていくのが見えて……。その、何かあったのではないかと心配になったからだ。私の早とちりであったなら、それでよかった」


(ああ……。本当に瑛斗先輩は俺のために……)


 俺のことを心配して、こんな必死になって駆けつけてくれたんだと、俺はまた胸が締め付けられ、瑛斗先輩から更に顔を逸らした。


「い、移動教室なのを知らなくて……。急いでいただけですよ……」


「そうか。本当に何もなくてよかった。じゃあ、危ないから廊下は走らないようにな」


 そう言って瑛斗先輩は俺の頭を軽く撫でると、ゆっくりと立ち上がった。


 久しぶりに頭を撫でられた感触に胸の鼓動が弾むのと同時に、離れ難い気持ちでいっぱいになってしまう。


 だが、同時に頭に浮かんできたのは、俺と同じように頭を撫でられて、瑛斗先輩に笑顔を向けるノアの姿だった。


(いやだ……)


「瑛斗先輩……」


(離れたくない……。このままじゃ……)


 瑛斗先輩がノアのものになってしまうと思った俺は、無意識に瑛斗先輩へ向かって手を伸ばしていた。


「あっ……!」


 手を伸ばした拍子に、教科書の上で裏返しにして乗せていた『化学実験室』と書かれたメモを、俺はヒラリと階段の踊り場へと滑り落してしまった。


「ん? 理央、何か落としたぞ」


「あっ、瑛斗先輩! そ、それは拾わなくて大丈夫です! あっ……」


(ま、まずい……)


 俺が立ち上がって制止する声よりも先に、瑛斗先輩は踊り場に下りてメモを拾い上げると、メモに書かれた内容と俺を何度も見比べた。

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