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第135話 体育祭の姫役

「そういや、今日って放課後に体育祭競技決めだろー? もう、今やったらいいんじゃね?」


「賛成ー。時短時短。おい、体育祭実行委員、前に出て仕切れよー」


 自習の課題はそれほどボリュームがなかったため、皆早々に終わってしまい、おしゃべりにも飽き始めたクラスの何人かが声を上げた。


「じゃあ、ここからは体育祭実行委員と……。ノアー、お前も前に出て来て仕切ってくんねー?」


「はーい」


 ノアは呼びかけに笑顔で手を上げると、体育祭実行委員と並んで、ホワイトボードの前に立った。


「じゃあ、ホワイトボードに種目書き出しとくからー。参加したい競技に、みんな適当に名前書いてってくださーい」


 体育祭実行委員が手に持っていた紙の資料を元に、体育祭の種目をホワイトボードに書き出していくと、クラス中からブーイングが起こった。


「えー。もっと、やる気出せよ体育祭実行委員ー。今年はノアが三王子なんだぞ。勝って優勝旗持たせてやろうぜ」


「そうだ! そうだー!」


「えー。僕のために、みんな頑張ってくれるの? 嬉しいなー」


 ノアは両頬を包むように手で覆い隠すと、今度はまるでアイドルのように、クラスメイト全員に向かって手を振った。


(……。あれで、好奇な目で見られて怖がってるなんて、本気で言ってんのか……?)


 俺の目には、どう見てもチヤホヤされて嬉しそうにしているようにしか見えなかった。


(はぁー……)


 だが、そんなことを気にしていてもしょうがないと、俺は心の中で大きく溜め息をつきながら、クラスの盛り上がりに一人ついていけないまま頬杖をついた。


「エントリー数の上限は決まってても、種目選択は自由なんだろ? じゃあ、陸上部と他の運動部は、とりあえず先に自分の得意そうな種目に名前書けよ。それから、捨て競技と狙えそうな競技見極めて、メンバー選んでこうぜ」


「さんせー」


(俺も賛成ー)


 月宮学園の体育祭は、進学校のためか、体育の授業以外で体育祭の練習時間は設けられていない。


 そのため、ほとんどの競技がぶっつけ本番で望むことになる。


 効率さを重視したクラスメイトの提案に、俺は机の上で頬杖をつきながら、心の中で拍手を送った。


 そして、俺がホワイトボードを見つめているうちに、あれよあれよと参加競技が決まっていった。


「よし。じゃあ全員の参加種目も決まったし……あとは姫決めだな。今年は三王子のノアがいる、うちのクラスから姫を選ばなきゃだけど、誰か立候補いるかー?」


「姫なんて、立候補するやついるわけないだろー。全校生徒の前で笑われるんだからさー」


「そうそう。鋼の精神が必要だって、あんなの」


(姫……。ああ、お姫様の格好して優勝旗渡すってやつか……。あれ、うちのクラスから選ばなきゃいけないんだ……)


 学年対抗で体育祭が行われて、応援団長が選ばれたりするのは、どの高校でもよく聞く話だ。


 しかし、この月宮学園では、三王子が必然的に各学年の応援団長となる。


 そして、優勝した三王子に優勝旗を渡すのが、一年の中から選ばれる姫役だ。


(まあ、俺には関係ない話だな……)


 余っていた適当な種目になんとか潜り込めたことで、自分の役目は終わったと安堵していた俺は、早く授業の終わりを告げるチャイムが鳴らないかと、顔を机に伏せさせた。


「えー、お姫様なんて楽しそうじゃん」


「ノアがやってくれるなら、学校中が喜ぶのになー」


「ざーんねん。僕には三王子っていう大仕事があるからね!」


(まあ、たしかに。本当ならノアが一番似合って、みんなが喜ぶだろうな)


 お姫様の格好が似合いそうだなんて失礼かもしれないが、ノアなら容易にその姿が想像でき、きっと体育祭も盛り上がるだろうと俺も同意見だった。


 だが、ノアがお姫様の格好をして瑛斗先輩の前に現れて、瑛斗先輩が優しくノアの頭を撫でる姿が、自然と俺の頭の中に浮かんできてしまった。


 俺は振り払うように、伏せていた体を慌てて起き上がらせて、首を横に振った。


「あれ? 残念……。理央君は、僕がやっても嬉しく思ってくれないみたい……」


「えっ……?」


 ノアが何を言っているのか最初は分からなかったが、どうやら俺が首を横に振ったのを、否定したと勘違いしたようだった。


 溜め息混じりに肩を落として、明らかにしょんぼりしたノアの姿を見たクラスメイトは、一斉に俺へ向かって振り向いた。


「何様だよ……」


「学年一位様は、高いところから見下ろさないと気が済まないんじゃないか?」


(これはまずい……)


 この状況では弁解しても信じてもらえないだろうし、クラス中から敵意の目を向けられて、俺は蛇に睨まれたように何も言えなくなってしまった。


「おいおい、なんか言えよ!」


「……!」


 クラスメイトに大声で煽られ、俺は驚いて肩をビクリと震わせると、ノアがそっと口角を上げたのが見えた。


「待って、みんな! じゃあ僕から推薦! 姫は理央君にやってもらったらどう? 僕と体格も似ているし、ぴったりなんじゃない?」


(俺が姫役……? ま、待った。それはまずいって!)


「じゃあ、多数決! いっくよー! 姫役は理央くんでいいよーって人、手上げてー」


「ま、待った……!」


 慌てて抗議をしようと席から立ち上がるが、俺の声は掻き消されるように無視され、俺以外のクラスメイト全員が挙手をした。


「異議なーし」


「さんせーい」


「やったね、決まり! 理央君、よかったね。僕はすごく楽しみにしているよ。だって、僕以上の姫になってくれるんだもんね。当日が楽しみだなー」


 嬉しそうに俺に向かって手を振ってくるノアに怒りと同時に呆れを覚えるが、今騒げば、またクラスメイト全員を敵に回すことは分かりきっていた。


(はぁー……。嘘だろ……)


 俺は何も言い返すことができず、姫役を黙って引き受けることしかできなかった。

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