目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第136話 階段

 姫に選ばれてしまってから数日後の月曜日。


 いよいよ明日が体育祭本番となった。


 特にあれから、あからさまな嫌がらせは受けていないが、俺から話しかけても聞こえないフリっというより、その場に存在していない扱いをクラスから受けている。


(まあ、暴力とか……。何か直接的に影響があるわけじゃないからいいけど……)


 ただやはり、こんな生活が続いていると、学校生活が少し息苦しく感じているのはたしかだった。


 和兄と瑛斗先輩は相変わらず忙しく、お昼を一緒に食べられていないのも、こんな気持ちになる原因かもしれない。


(はぁー……。姫……か。和兄や瑛斗先輩は去年の体育祭を知っているわけだし、俺が姫役に選ばれたなんて知ったら、心配するよな……。はぁー……)


 目立つことを嫌がっている俺が、全校生徒に笑われる姫役へ自分から立候補したと言っても信じてもらえないと思い、俺は心の中で深い溜め息を何度もついた。


 姫は誰が務めるかは当日まで秘密のため、三王子である和兄や瑛斗先輩でさえ、本番まで知らないのが唯一の救いだった。


(明日になれば、嫌でも知られるんだし……。やっぱり、このまま黙ってよっと……)


 二人に心配をかけまいと、姫のことは秘密にしようと決めた俺は、教室でジャージに着替え終えると、体育の授業のためにグラウンドへ一人で向かった。


「痛ッ……」


(うー……。やっぱ、胃をちょっとやってるかな……)


 胃とお腹、どちらも基本的には強いほうだと思っていたが、最近急に動き出したりするとき、胃に痛みを感じることが増えてきた。


(食欲も落ちてきてるしな……。体育祭終わったら、一度消化器科でも行って……痛たたたっ……)


 階段の途中で足を止めて、痛む胃を抑えつけるようにみぞおちのあたりを手で押さえながら、俺は少し前屈みになった。


 すると、急に後ろから、クラスメイトの二人組に声をかけられた。


「明日はせいぜい笑わせてくれよなー。お姫さま」


「楽しみにしてるからな」


 鼻で笑うように言い残し、二人は俺を追い抜いて、階段を勢いよく駆け下りようとした。


 だが、俺を追い抜いたどちらかの体が、僅かに俺の肩へ当たってしまった。


(あっ……)


 胃の痛みでぼーっとしていて、フッと力が抜けてしまった俺は、前屈みの姿勢のまま、階段の上でバランスを崩してしまった。


「うわっ……」


 このままでは落ちてしまうと、思わず声を漏らして右足を前に慌てて出した。


 右足でなんとか踏ん張ろうとしたが、咄嗟のことで踵から着地できず、足甲の外側で思わず全体重を支えてしまった。


「痛ッ……!」


 階段からなんとか落ちずに済んだが、胃痛とは比べものにならない痛みが右足に走り、俺は立っていられず、その場にしゃがみこんだ。


「えっ……!」


 俺の悲痛な叫びに驚いた二人は、俺に向かって慌てて振り返ると、痛みに顔を歪めながらしゃがみこむ俺の姿を見て、かなり焦った様子だった。


「お、おい……」


「これって、やばくないか……? ほ、ほら、大会とか出られなくなるんじゃ……」


 痛みで顔を俯かせていた俺は、二人の表情を見ることができなかったが、焦っているのが声からも伝わってきた。


「おー! お前たち、どうしたんだ?」


「は、波多野先輩!」


(和兄……?)

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?