少し離れた場所から和兄の声が聞こえてきて俺は顔を上げると、二人は背筋を伸ばし、直立不動で立っていた。
「な、なんでもありません! それじゃあ、失礼します!」
どうやら和兄が廊下の奥から歩いてきたらしく、二人はその場から逃げるように、走ってどこかに行ってしまった。
「なんだ? アイツら……。って、理央! どうしたんだ?」
廊下を曲がって、階段でしゃがみこむ俺を目の当たりにしたジャージ姿の和兄は、顔色を変えて俺に駆け寄ってきた。
「へへ……。ちょっと階段踏み外しちゃって……」
「踏み外したって……。理央の反射神経ならそんなこと……。ま、まさか……!」
和兄は何かを察して、まるで鬼の形相で後ろを振り返ったため、俺は慌てて和兄のジャージの袖を掴んだ。
「ま、待った和兄! 早まらないで! 俺が勝手に階段を踏み外しただけだから……」
「そんなわけあるか! アイツら、絶対に許さない!」
こんなに気持ちを荒ぶらせている和兄を見たことがなく、俺は必死に和兄を落ち着かせようと、もっと強く和兄のジャージの袖を掴んだ。
「和兄! 違うんだ! 本当に俺が一人で踏み外しただけだから。誰も悪くないんだ!」
(大会がって言ってたし、ケガさせたなんて学校にバレたらあの二人は……)
二人ともバスケ部だったと記憶しているが、他人にケガをさせたなんて学校に知られれば、きっと停学だけでは済まないだろう。
選手生命も終わってしまうかもしれないと思った俺は、和兄に向かって何度も首を横に振って見せた。
「理央……」
頭に血が上っていたのが少し治まったのか、和兄は表情に少しだけ冷静さを取り戻すと、俺の前で膝をついた。
「和兄……」
和兄は何も言わず、俺の右ふくらはぎを片手で掴むと、自分の膝の上にゆっくりと持ち上げた。
そして、ふくらはぎを掴んでいる反対の手で、和兄は俺の足首を少しだけ軽く曲げた。
「痛っ……!」
電流の走るような鋭い痛みが足から頭まで伝わり、俺は思わず顔を歪めると、和兄は真剣な表情のまま、頭に巻いていたハチマキを外した。
「腫れてはないから折れていないと思うが……おそらく捻挫だな」
「うん……」
骨を折ったことや、ヒビが入ったこともなかったが、さすがにこの程度の痛さでは済まないだろうと、俺も冷静に頷いた。
「とりあえず、保健室だな。ほら、おんぶしてやるから」
痛めた俺の足首にあっという間にハチマキを巻いて固定させた和兄は、俺に背中を向けてしゃがんだ。
「えっ! い、いいよ! 片足でも保健室ぐらい行けるって」
「……。はぁー……」
深い溜め息をついた和兄はまた立ち上がると、着ていたジャージの上着を急に脱ぎだした。
そして脱ぎ終わったジャージの上着を広げると、俺の頭を覆い隠すように被せてきた。
「うわっ! なにして……!」
急に視界が遮られたことで俺が慌てていると、抵抗空しく、和兄にお姫様だっこの状態で抱え上げられてしまった。
「暴れると、落ちるぞ。首にちゃんと手を回しておけ」
「和兄……」
今まで聞いたことのないほど低く、少し苛立った様子の和兄の声がして、俺は何も言えなくなってしまう。
「顔、隠してるからいいだろ。たまには……オレのいうことも聞け」
「はい……」
俺はそれ以上何も言えず、和兄の首に腕を回した。
そして、和兄にお姫様抱っこをされたまま、保健室へと運ばれていった。