「さあ! いよいよ、月宮学園高等部体育祭を始めるぞー!」
「オーッ!」
校庭にジャージ姿の全校生徒が集まると、マイクを力強く握った体育祭実行委員長の掛け声に、月宮学園高等部の生徒たちは一斉に大声で歓声を上げた。
(やっぱり私立のお坊ちゃま学校でも、始まりさえすれば、こういう学校行事も全力で楽しむんだな)
俺はちょっと皮肉を込めて心の中で呟くと、制服姿で車椅子に座りながら、三階にある空き教室の窓枠に頬杖をついた。
昨日に引き続いて、今日も車椅子で安静に過ごそうとしていた俺だったが、ただの捻挫だと聞いた担任は、俺に雑用の仕事を命じた。
(なんか……。俺はまた、教師の便利屋みたいなことをさせられている気がする……)
命じられたのは得点ボード係だ。
教員用スマホに体育祭実行委員から連絡が来た得点を、空き教室の窓からぶら下げられたボードへ、競技が終わるごとに反映させていく。
けが人にさせる仕事かと聞きたくなるほど、結構重労働な仕事だ。
(まあ。ここなら誰にも気付かれずに姫役の準備もできそうだし。ちょうどいいと言えば、ちょうどいいけど……)
プログラムが予定通りなら、最終競技の学年対抗リレーは昼食後に行われる。
そして、最終競技のいくつか前から、最後の結果発表を盛り上げるために、得点ボードは得点を反映させなくなる。
そのため、姫役の準備をするにはもってこいだった。
俺は自分のスマホを取り出してメッセージを送信すると、そのままなんとなくカメラを起動させ、楽しそうに盛り上がる生徒たちへカメラのレンズを向けた。
しかし、すぐに溜め息をついてスマホをそっと下ろすと、膝の上に置いていた手の中で握り締めた。
(今さら混ざりたいとか思ってないけど……。でも、まあ……羨ましくないと言ったら嘘になるよな……)
全校生徒がはしゃぎ、盛り上がりを見せる校庭を見下ろして、俺はまた溜め息をついた。
元々俺も騒ぐのが好きなほうだったし、母さんが亡くなってクラスメイトと距離をとるようになるまでは、学校行事も大好きだった。
(クラスで一致団結とか……。地味メンとして目立たず過ごさなきゃいけない俺には、無縁の話だな)
きっと、突然クラスからいなくなっても誰も気付かないだろうし、気にもされない。
俺の頭の中で、自然とそんな考えが浮かんだ。
(バカらしい。自分で選んだ道だろ。自分で選んだ道なら覚悟を持てよ!)
そんな弱気な考えを振り払うように、俺は首を横に振りながら自分にそう言い聞かせると、今度はクラスメイトたちへと視線を向けた。
(……。あれ?)
視線を向けた先にいたクラスメイトたちの雰囲気に、俺はなんとなく違和感を覚え、首を傾げた。
ノアを優勝させようと、きっとどのクラスよりも盛り上がっているだろうと思っていたうちのクラスは、離れた場所から見ても分かるほど、どんよりとした空気が漂っていたのだ。
(何かあったのか……? もしかして、みんな俺のコト気にしてる? いや、それこそ自意識過剰だろ。でも……)
俺は昨日のクラスメイトの反応を思い返した。
昨日、和兄より先に保健室へと戻ってきた保健医に、俺は大袈裟だと拒否したのだが受け入れてもらえず、車椅子に乗せられてしまった。
そして、保健医に車椅子を押されながら、教室へ着替えと荷物を取りに行く羽目となった。
しかもタイミングは最悪で、ちょうど授業終了のチャイムが鳴ってしまい、体育の授業を終えて戻ってきたクラスメイトたちと、教室で鉢合わせしてしまったのだ。
(急に車椅子姿なんかになってたら驚くよな。ごめん。大袈裟なだけで、ただの捻挫なんだぞー)
俺の車椅子姿にギョッとして目を見開くクラスメイトたちへ、俺は一人ひとりに弁解するわけにもいかず、心の中で謝りながら、黙って帰りの荷物を纏めた。
もしかしたらあのとき、俺に対して些細な嫌がらせをしたことへの罪悪感が、みんなの中で生まれたのかもしれない。
荷物を纏め終え、保健医に車椅子を押されながら教室を後にしようとする俺を、クラスメイトたちが声をかけたそうにしているのは、なんとなく感じ取った。
相澤ノア、たった一人を除いて。