(みんな、そんなに悪い奴らじゃないってことなんだろうなー)
自分たちのした些細なことが大きな代償になることもあると、少しでも感じてくれれば思いつつ、俺は教室をそのまま何も言わずに出ていった。
だが、もしかしたら、それがクラスメイトの士気を下げてしまっているのでは。
俺は自意識過剰だと思いつつも、そんな不安を覚えた。
(無視……されるかもしれないけど……。やっぱり、あとで声をかけにいこう。せめて、昨日の二人だけでも……)
そう決意したとき、校庭中にまた、体育祭実行委員長の声が響いた。
「それでは開会宣言の前に、応援団長である三王子のお三方から、今日の意気込みを聞いていきましょう! じゃあ、まずは二年の波多野くんと三年の月宮さん。同時に上がってきてください」
(うわー! カッコイイ……! って、ハッ!)
瑛斗先輩と和兄が校庭に置かれた朝礼台へと上がって並んで立った姿に、俺は見惚れてテンションが上がり、思わず手を叩いてしまった。
(俺は一人でなにやってんだよ……。けど、応援団長って学ランなんだ。しかも長ランって、古風だけど二人ともすごく似合ってる)
三年生の瑛斗先輩は赤で、二年生の和兄は白。
頭にはそれぞれの学年カラー色の長めなハチマキを巻き、長ランに校章の入った腕章をつけていた。
そして、ハチマキと同じ色の襷をキュッとかけて背筋を伸ばす二人の姿は、とても凛々しかった。
そんな二人の姿に、全校生徒が神々しいものを見たときのように息をのんだのを、俺は離れた場所からでも感じとった。
(やっぱ、三王子って特別で憧れな存在なんだろうなー)
そんなことを考えながら呑気に一人で頷きつつ、俺は瑛斗先輩と和兄を見つめた。
「さあ、二人に上がってきてもらったのは他でもない! みんなが昨日から気になっていることを、ボクが聞いちゃいますよー!」
楽しそうに声を弾ませる体育祭実行委員長は、和兄の口元にマイクを向けた。
「なんと! 昨日、波多野君は月宮さんのクラスにわざわざ行って、みんなの前で宣戦布告をしたんだってね?」
(えっ、和兄が瑛斗先輩に宣戦布告? いつの間に……? って、も、もしかして……!)
昨日といえば、俺にキスをした和兄が保健室を出ていき、どこかに行ってしまったことがあったのを思い出す。
俺はまさかと思い、途端に心臓が跳ね上がると、前屈みで窓枠に頬杖をついていた姿勢から、慌てて背筋を伸ばした。
「はい。オレには絶対に譲れないものがあるです。仕方がないと思って、諦めている部分もありましたが……。でもやっぱり、諦めることを辞めました。それをきちんと、月宮先輩へ昨日伝えました」
「おお! それは、体育祭の優勝に向けてだね! さすが、運動部を渡り歩く波多野くんだ! 二年生として今回、学年の壁を乗り越えようとしているんだね!」
和兄の真剣な表情での宣言と、体育祭実行委員長による煽りに、二年生から拍手と大きな歓声が上がり、士気が最高潮に高まったようだった。
(まさか、まさかだよね……)
昨日の出来事を知らない人が聞いたら、今の和兄の言葉は、体育祭への意気込みにしか聞こえない。
だが、告白をされた俺には、譲れないものというのが、俺のことを言っているようにしか思えなかった。
「さあ、月宮さん! こんなにも闘志に燃え滾っている後輩に、どう応戦されるんでしょうか?」
体育祭実行委員長のマイクが、今度は瑛斗先輩の口元に向けられた。
(え、瑛斗先輩! わかってるよね? ここは大人の対応ですよ!)
大丈夫だろうと思いつつも、やっぱり瑛斗先輩が何か余計なことを言い出してしまうのではと、不安で堪らなかった。
俺は思わず息をのみ、願うように両手を合わせて目を深く瞑った。
「……。私はもとより、譲る気など更々ない。私は誰よりも大事にする、愛すると決めたのだ。もちろん一生だ! 奪おうと向かってくるなら、返り討ちにする! みんな、私に力を貸してはくれないか?」
(誰よりも大事に……愛する……。一生……)