「オーッ!」
「いいぞ! 月宮! やっちまおうぜ!」
「月宮さーん!」
まるで、戦い前の兵士の士気を高める演説のような瑛斗先輩の言い回しに、三年生はさっきの二年生以上に盛り上がりを見せた。
だが、俺にはそんな盛り上がりも、どこか遠くのほうで聞こえるようだった。
それは瑛斗先輩の言葉が、耳の奥で響き続けていたからだ。
(愛する……愛するって……)
同じ言葉を今まで面と向かって何度も瑛斗先輩から言われてきたはずなのに、俺はどこか頭の片隅で、リオンに向けて言っていると思っていたからもしれない。
けど、今のは俺には、俺のことだけを言っているように思えた。
そのせいで、今までと比べ物にならないほど心臓が跳ね上がり、頬が熱くなるのを感じたため、俺は両手で顔を覆い隠した。
(やっぱり俺、瑛斗先輩のことが……でも……)
そんな高まる気持ちと一緒に、あの日、瑛斗先輩の怒った顔が頭をよぎる。
(俺にはまだわからないよ。なんであのとき、瑛斗先輩があんなに怒っていたのか……。呼び出されてって、一体なんの話だよ……)
考えてもわからないのなら直接聞けばいいのに、どう接していいのかわからない。
傷つけてしまったかもしれないと、確認するのが怖くて、未だに聞くことのできない自分に呆れたくなる。
俺はゆっくりと、自分の顔を覆っていた両手を離した。
「今日はすごい戦いになりそうですね! さあ、最後は一年の相澤ノアくんに締めてもらいましょう! 相澤くーん!」
「はーい!」
語尾にハートがつきそうな甘い声で返事をしたノアが、手を振りながらゆっくりと朝礼台に上がっていった。
ノアも応援団長らしく長ランを着ているが、サイズが大きくてブカブカな状態で手を振る姿は愛くるしく、まるでアイドルを見た時のような黄色い歓声が上がった。
(あれ……?)
だが、ノアの登場に一番盛り上がるはずのクラスメイトが、まだどんよりとした雰囲気なのは明らかだった。
(もしかして……。俺じゃなくて、ノアとなにかあったのかな……?)
俺はまた空き教室の窓から、クラスメイトたちを見つめた。
「一年生はこれが最初の体育祭です。日本の体育祭って始めてなので、すごく楽しみです。先輩たち、どうかお手柔らかにお願いしまーす」
お辞儀をしたノアに、また黄色い歓声が上がるが、やっぱりうちのクラスだけは明らかに反応がなかった。
「こ、これは! 月宮学園高等部、体育祭始まって以来の盛り上がりだー! さあ、相澤君もここに並んでもらって。では、月宮さんに選手宣誓をしてもらいましょう!」
体育祭実行委員長からマイクを渡された瑛斗先輩は、一歩前に出ると、右手を高らかに天に向かって上げた。
「宣誓! 月宮学園高等部生徒は、スポーツマンシップにのっとって、正々堂々と戦うことをここに誓います! 私の愛は、波多野に負けたりしない!」
瑛斗先輩の掛け声に全校生徒が今までで一番の盛り上がりを見せ、歓声が校庭中に響き渡った。
(愛って……! ああ、もう……! 最後の一言はいらないって!)
嬉しいと心から思う反面、また俺は複雑な感情に襲われる。
(愛……。愛って……)
単純に受け取って喜ぶことができれば、どれだけ楽かと思う。
俺は車椅子の背凭れに寄りかかると、天井を見上げた。
(瑛斗先輩知ってる? 愛って、重たいんだよ……。それこそ人を……人生も変えてしまうほどに……。だから俺は……)
まだ校庭中に響く歓声を聞きながら、俺は胸元に手を置いて、そっと力を込めることしかできなかった。