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第147話 海棠も笑ったりするんだな

「理央……」


「和兄? ちょ、ちょっと、待って。今、終わらせるから」


 教室の入口辺りから和兄の声がしたため、俺は任された仕事である得点ボードの点数を急いで入れ替え終えると、車椅子を漕いで後ろを振り向いた。


「一体どうし……」


 振り向いて、俺は思わず言葉を詰まらせてしまった。


 それは、和兄のすぐ後ろに、昨日階段でぶつかったクラスメイトの二人組がいたからだ。


「和兄……」


(もう。あれだけ言ったのに……)


 和兄がお節介を焼いたんだろうと、俺は溜め息交じりに、訝しげな目で和兄を見つめた。


 すると、和兄は違うというように、俺に向かって胸元で手を振ってみせた。


「誤解だぞ、理央。オレはなにも言ってないって。さっき、こいつらに話しかけられてさ。理央に言いたいことがあるから、付いてきて欲しいって頼まれたんだ」


「俺に?」


 俺は首を傾げると、和兄の後ろで俯きながら立っていた二人は、俺に向かって一歩踏み出すと、和兄の横に並んで立った。


「ごめん!」


(えっ……?)


 二人同時に勢いよく頭を下げて謝られ、俺は思わずたじろいでしまった。


「本当にごめん。昨日のことは、謝って許されることじゃないってわかってる」


「でも、昨日のは本当にわざとじゃないんだ。そもそも、当たるつもりなんてなかったし……。でも、オレたち怖くなって……逃げ出して……」


 下げていた頭をゆっくりと上げた二人は、苦悶の表情を浮かべていたため、俺に対して本当に申し訳と思っているのが、しっかりと伝わってきた。


「おいおい。言い訳はこの場にいらないだろ」


「は、はい! 本当にすみませんでした!」


 和兄にノックされるように軽く頭を小突かれた二人は、背筋を正すように伸ばすと、まるで直角に体を倒すように、もう一度俺に向かって頭を下げてきた。


 しかも、今度は頭を下げたまま、そのまま上げることはなかった。


「ちょ、ちょっと! 頭を上げて! あれは、俺が階段で立ち止まってたのがいけなかったんだし。謝らなきゃいけないのは、俺のほうだから」


 頭を下げたままの二人に、俺は慌てて車椅子を漕いで近づき、二人の腕に触れながら顔を覗き込んだ。


(二人とも目元にクマができてる……。きっと、不安で眠れなかったんだろうな……)


「海棠……」


「ごめんね。昨日といい今日も、こんな車椅子姿を見せちゃったから余計に不安だったよね。昨日はちょっと痛かったけど、今日はもう、ほとんど痛みもないんだ。それに、誰にも二人のことは言ってないし、あれは、俺が勝手に足を踏み外しただけだから」


「海棠……」


 二人はやっと顔を上げてくれたが、その顔は涙ぐんでいた。


「ほら、お前ら! 理央の優しさに感謝しろよ!」


「は、はい!」


 和兄はまるで気合いを入れるように、今度は二人の背中を叩くと、二人はまた背筋をピンッと伸ばした。


 運動部に入ったことのなかった俺は、そんな体育会系ならではのやりとりが、なんだか微笑ましい光景に思え、思わず笑みが零れてしまう。


「ふふっ……」


「なんだ。海棠も笑ったりするんだな」


「えっ……?」


 思ってもみなかったことをクラスメイトに言われ、俺は驚いて二人を見上げてしまう。


「あっ、いや。ほら、いつも無表情な感じだからさ。前髪でほとんど顔も見えないし。けど、そんな感じに笑えるヤツなんだって思って」


「俺も人間だからね。笑ったり、泣いたりぐらいするよ」


「それもそうだな」


 気持ちがほぐれたのか、自然と互いに笑みが零れ、俺とクラスメイト二人は笑い合うと、和兄は呆れたように肩をすかして溜め息をついた。

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