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12-2

【3】


 無機質で気が狂いそうになる程白い部屋の中、中心の机に向かって積み木を弄りながら粳部達を見るカーラーとクーヤー。あれだけ苦労して捕まえたというのに、今こうして目の前でのほほんとしていることが理解できず粳部の思考が止まる。

 ラジオが普段の演技の口調で話を始める。

「ほら、面識あるって言ったじゃないですか」

「普通味方の中から考えるもんっすよ!何であの二人が外に出てるんですか!?」

「蓮向かいは万年人手不足なので、有用な人材は採用したいんですよ」

 司祭も普通の人間の職員も不足しがちな現状、戦力を確保する為に囚人を採用するシステムが存在する。目的の為にどこまでも合理的なシステムを構築していることは粳部にも分かっていたが、こうして彼女らを前にすれば頭が真っ白になる。それに不安要素は余りにも大きい。

 妹のクーヤーが積み木を積みながら話す。

「働けって言われたから働いてる。文句ないでしょ」

「ちゃんと言うこと聞いてるんだし」

「……囚人の社会貢献みたいな話ですか」

「藍川さんの報告の結果、情状酌量が必要で協力的なこともあり仮採用したんです」

 藍川の読心の結果、双子が送って来たこれまでの人生が明らかにされた。生まれてすぐ人攫いに攫われ、幼い頃から娼館で売りに出されていた彼らに自由という概念はない。ずっと酷使され続け、自殺するという選択肢すらも浮かばないような人生を送ってきた彼らは、司祭に覚醒した瞬間にようやく自由を知った。そして外の世界を知り、粳部達に敗れたのだ。

「でも……一人を殺してるんですよ」

「偉い人が言ってた。一生職員の代わりに外に出してくれるって」

「もう娼婦やらなくていいって言ってた」

「……それは……その、そうですが」

 一応、粳部も彼らが幼い頃から自由を奪われて娼婦として生きてきたことを知っていた。しかし、それでもまだ双子が味わった地獄の一ページしか知らないのだ。情状酌量の余地があると言われても、粳部にとってはまだ境遇と犯した罪が天秤の上で釣り合っている。

 何を言うべきか言葉が浮かばない粳部。

「つまり、私が二人を監視しながら仕事をするってことですね」

「それと教育もです。彼ら、義務教育どころか読み書きもできないので」

「少しは書けるようになった。ねっ、カーラー」

「うん、英語はできる」

 クーヤーがそう言って近くに居る白衣の職員を見ると、彼女は抱えていたノートを開いてそれを見せる。そこには汚過ぎて読めない物から何とかアルファベットと判別できる物までがあった。それを自信満々に見せる二人に、粳部は苦笑いを浮かべていた。

 白衣の職員が口を開く。

「二人は学習意欲が高く、大抵のことは覚えられますよ!」

「ああ、彼女は二人の担当をしている方です」

「どっ、どうも……」

「ただ基本的な法律についてはまだ教えられてないのでお願いします!」

 明るい笑顔に圧倒されて粳部が一歩退く。相変わらず人見知りする性格は変わっていない。

 カーラーとクーヤーが椅子から立ち上がる。

「じゃあ、私達は仕事すればいいんでしょ?」

「えっ、ええ……ラジオさん仕事の内容は?」

「例のギョロ目についての捜査です。進展があったんですよ」

「……よし、やりますか」

 粳部がそう言って気合いを入れた時、白衣の職員が粳部の下へ近寄って耳打ちする。双子に聞かれることのないように小さな声で話をしてきた。粳部とラジオが耳を傾ける。

「二人の過去についての記録は読まれたと思いますが、触れないようにお願いします」

「は、はいそれはもちろん……」

「気にしてないような顔をしてますけど……相当に疲弊していたので」

 それは一人を殺して空き巣をしても情状酌量がつくレベルの過去。彼女はまだ藍川が書いた分厚いレポートに目を通していなかったが、娼婦という時点で粗方察しがついていた。しかし、その細かな内容を知れば相当のショックを受けることだろう。他人を理解することに長けた彼女ならば。

 粳部が首を縦に振ると職員は再び笑みを浮かべ、双子に手を振って部屋を出る。

「……またまたハードですね」




【4】


「……この捜査にこの二人必要なんですかね?」

「まあ、ぶっちゃけ要らないが仕事がどういう物か教えるってことだろ」

 会議室の中、話を聞かずにファッション誌を読んでいるカーラーとクーヤー。それは別に日本語の文章を読んでいるというわけではなく、単純に写真を見て楽しんでいるだけなのだ。彼らはまだその領域に至っていない。それを冷ややかな目で見る藍川と粳部。

「これってどうやって作ったの?全部の絵を描くのに数年は掛かるよ」

「一枚一枚手書きの雑誌っていつの時代ですか……印刷してるんですよ」

「印刷って何?」

「あー機械を使って同じ物を刷ってるんだ。手作業じゃないぜ」

「そんな便利な物が」

 二人が予想の斜め上を行く質問に困惑する。そもそも、人間にできないことは機械でやっているという考え方が彼らにはないのだ。自分を取り巻く環境がどうなっているのかを説明してくれる者は居らず、閉じた世界に二人だけで生きてきたのだから。

 粳部もそれ以上は何も言わない。壁にもたれかかる藍川も同様に。

「なあ粳部、二人についてのレポートは読んだか?」

「いえ、今日の仕事が終わったら読もうかと……」

「……そうか。まあ、いいんだ」

 あまり見せたくないという感情を隠さずに表情に出す藍川。双子と仕事をしていく上で必ず読まなければいけない資料だが、決して精神衛生上いいものではない。仕事だからと割り切ることにした彼ではあったが、できることなら読む前に事件が解決して欲しいと願っていた。

 口を開こうとした粳部を遮って藍川が話を始める。

「谷口、今回の事件の概要を教えてくれ」

「五分で説明しよう。多数の犯罪に関与しているギョロ目を追う為、手先を捕まえる」

 谷口が簡潔に言うとパソコンを操作しプロジェクターに画像が映される。鉛筆で描かれた画像の男は夏にそぐわない服装をしているが、その雰囲気は路地裏をうろついていそうなものだった。つまり、街に溶け込まれたたら探すのに一苦労しそうな外見。

 カーラーが雑誌を机に置く。

「調査の結果、ギョロ目を追っていたウチの職員を殺したのは奴だ」

「この似顔絵で検索結果が出ない辺り、外との接触を断っている司祭だろうな」

「相手は司祭ですか……厄介ですね」

「こんなの埃の山の中から綿を探すようなものでしょ」

 クーヤーが訝しむような目で画面を見る。まあ、蓮向かいのマンパワーを結集すれば比較的早くはあるが、それなりに時間が掛かってしまうのは事実だ。顔写真が一度も記録されていない人物というのは現代では特殊。しかし、藁の山の中から手作業で針を探す必要はない。人類には磁石があるのだから。

「いや、そうでもないぞ。東南アジアの顔立ちという時点でいくらか絞れる」

「入管の記録を漁って、なければ不法入国の線で捜査できるだろう」

「目撃証言から場所を絞って……監視カメラの情報も収集しましょう」

「……カメラって何?」

「……しゃ、写真を撮る機械です……こういう」

 粳部が机の上のデジカメを持ち上げて見せると、二人はそれをすぐに取り上げて二人で弄り始める。色々な所に触れていると電源ボタンに触れたのか起動し、子供のように興味のままにデジカメを弄って試していた。フラッシュが二度ほど焚かれた後、クーヤーが彼女にそれを返却する。

「よく分かった。これこういう機械だったんだ」

「これ欲しいねカーラー」

「そうだねクーヤー」

「話を戻すが、報告ではこの司祭は幻覚を操る。故に、幻覚に関する司祭の記録を要確認だ」

 パソコンを操作して次の資料を表示する谷口。蓮向かいの職員を何人も始末し、ギョロ目に関する捜査をさせないようにしている凶悪な司祭。その裏に居るギョロ目を引きずり出す為にも、ここで何とか捕獲したいというのが粳部と谷口の思いだった。

「取り敢えず、この司祭を捕まえればいいんでしょ?」

「え、ええ……取り敢えずそういうことです」

「こいつどういう奴なの?」

「詳細はこの資料にか、書かれてますよ」

 粳部が双子に資料を差し出した瞬間、双子がまだ読み書きを完璧にできないことを思い出す。この三十ページ近い資料を彼らが読み切る頃には明日の夜遅くになっているだろう。一体どうしたものかと考える彼女をよそに壁際の藍川が伸びをする。それは果たして彼女の気苦労を知ってか知らずか。

「全然読めないんだけど」

「で、ですよね……鈴先輩どうしま……」

「じゃあ、二人への説明よろしくな。捜査に行ってくる」

「俺も別件がある為失礼する。随時報告はしよう」

「はいっ!?」

 谷口と藍川が部屋を出て廊下に消えていく。多忙な二人を捕まえることは難しい、特に面倒くさがって逃げ出した時は。会議室には大口を開けた粳部とマイペースな双子だけが取り残され、静寂だけが淡々と続く。

 先に喋ったのは姉のカーラーだった。

「お腹空いたんだけど」

「……え、えっと……私が全部説明します」

 結局、単語の説明を挟んで懇切丁寧に疑問に答えた為に丸一日掛かったのは言うまでもない。

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