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12-3

【4】


「人だらけだねクーヤー」

「群がる蟻みたいだねカーラー」

 歩道橋の上、自動車と人がごった返す道を見下ろす双子とそれを隣で見守る粳部と藍川。夏の暑い日差しが降り注ぐ中、姉のカーラーと粳部が汗をかいている。司祭である藍川とクーヤーは持ち前の概念防御故に暑さの影響を一切受けないが、それを持たない二人にとっては苦痛だった。

 暑さにげんなりしている粳部がぼやく。

「……まさか説明に丸一日近くかかるとは」

「お疲れ様」

「お疲れじゃないですよ!私を放って!ラジオさんはどこに行ったんですか!」

「あいつはあいつで忙しいんだ。まあ、仕事量は前の半分になったが」

 元から谷口や藍川と同様に過労気味だったラジオは、以前よりも捌く仕事の量が半減している。その権能の価値から重宝されてきた彼女ではあるが、適度に休息を取らないことには精神的に疲弊してしまう。組織からすれば手放しで喜べることではないが、粳部達にとっては良い話だ。

 途切れることのない人の群れを双子は眺めている。

「……みんなどこに行くんだろう」

「仕事に行くのかな。色んな表情してるよ、笑ってたり浮かない顔だったり」

「自由なのに、みんな贅沢だね」

 そりゃ監禁されているよりは自由だと思う粳部。今までの全ての自由を奪われてきた彼女らにとって、今こうして監視付きではあるが外出できているのは奇跡だろう。普段、自分達が自由だと思わない社会人も彼女らからすれば自由そのものだ。

 二人に見える世界は常人とは違う。

「……まあ、自由でも自殺者数は多いわけで」

「わけが分からないね。生きていれば……どうにだってなるのに」

「嫌な物をぶっ倒せないのは不便だね」

 自分の邪魔をする者をすぐに排除することができれば、現代社会で生きていくことは随分と楽になるかもしれない。しかし、全員がそうなれば世の中は崩壊してしまう。かつて猛威を振るった双子のやり方はできない。社会のシステムを知らず自分の思うがままに生き、奪いたいままに奪った結果が今の彼女らだ。

 その時、紙袋を抱えた蓮向かいの職員が歩道橋に上り双子の下へ駆け寄っていく。

「お待たせしました!頼まれていたものです!」

「うん、ありがとう」

 ハンバーガーの入った紙袋を受け取り、中身を二人で分け合って食べ始める。仕事中にハンバーガーを持って来るように堂々と頼む双子に呆れ気味の粳部。希少な自由を謳歌する双子だが、傍から見ればその姿は滑稽でしかない。

「これ、ずっと気になってたんだ。意外といけるね」

「カーラーの食べてるやつの方が良い匂いする」

「じゃあ分けてあげる」

「ありがとう」

 姉がハンバーガーを分けて妹に手渡す。狭い部屋に閉じ込められてそこが世界の全てで、互いだけが家族の狭い社会で生きてきた二人にとって、優しさを向けられるのは互いにだけだ。その優しさを他人に分けられれば良かったのだが、現実はそうはならなかった。

 黙っていた藍川が話を始める。

「容疑者はこの周辺で活動してる。周辺で監視してる職員を監視してる可能性がある」

「捕食者を捕食してるってわけですか」

「虱潰しで探すの?」

「いや、罠に掛かったふりをしておびき出す」

 ギョロ目をおびき出して捕まえる為の餌を、おびき出して捕まえる。奴らの巧妙さは過去にないレベルだ。今まで捕まった奴らの手先も大した情報を持っておらず、持っていたとしてもギョロ目の居場所に向かう手段は招かれる以外に他はない。

 クーヤーがハンバーガーを喉に押し込み問う。

「罠って何?」

「奴は地域に網を張っている。ギョロ目を追って探りを入れる奴を、その網で探ってる」

「確か、話によるとこの辺りは概怪の報告と行方不明が多いとか」

「つまり、手先の手先が伝えてるってことね」

「手先の自覚があるかどうかは知らんが、まあそういうことだ」

 死体を収集することに執着しているギョロ目の一味。蓮向かいの存在に気が付いているのか、彼らは自分達を追う者を確実に始末することに成功している。それはたった一人でできることではなく、複数人の配下の者が居るからこその結果。社会に平然と潜む点では蓮向かいと同格だ。

「この場合、町中に盗聴器や隠しカメラがある可能性がある」

「うげっ……プライバシーの侵害」

「まあ、ウチも似たことしてるが国家権力だ」

「良いんですかねそれ……」

 監視する側を監視する。尻尾を中々出さないギョロ目を追うには当然深入りする必要があり、深入りすれば当然見つかって始末される。今までは死体すら回収できなかった為に何の手掛かりも得られなかったが、今回は違う。確実に近付いてはいる。

 双子が食事を終えて紙袋の中にゴミをしまい、そのまま潰す。

「不審者の出入りの多い場所を洗う必要があるな」

「他には口座の動きとかですよね?」

「手慣れてきたじゃないか。その意気だ」

「……口座って何?」

「あ、あー……お金を預けたり出したりする場所です」

 何とか分かるように説明する粳部だが、釈然としないのか双子の脳内には依然としてハテナマークが浮かんでいる。照りつける日差しもあり頭が働いていないのか、人見知りなのもあって挙動不審なのか。粳部の心労は中々大きい。

「何で他人に自分の物を預けないといけないの?」

「えっとですね……へ、部屋がお金で埋まっちゃうじゃないですか」

「その説明はどうなんだ粳部」

「じゃあ鈴先輩が代わりにやってくださいよ!」

 無表情でボケる藍川に彼女が呆れる。粳部はそこまで他人に教えることが上手くない。何も知らない子供相手に教えるように意識して説明したものの、却って分かり難くなっているかもしれない。

 彼がその場に待機していた職員に話しかける。

「君は不審な動きがある口座を洗ってくれ。一通りリストにできたらこっちに送れ」

「承知しました!」

「俺はこの地域の担当職員から話を聞く。粳部達は不審者の出入りが多い場所を頼む」

「了解っす」

 不安そうな表情で答える粳部を放って藍川が歩道橋を歩いて行く。とはいえ、藍川も彼女のことを少しも心配していないわけではない。自分にしかできないやり方で捜査する必要があり、他の仕事との兼任もありずっとは傍に居られないのだ。それでも、彼にはある種の信頼があった。

 職員も彼の指示を受けて歩道橋を反対側に歩き出す。その場には双子と粳部の三人だけが残った。

「……さて、私達も行きますか」

「分かった……あれ何?」

 空を眺めていたカーラーが上を指差す。今度は何かと粳部が上を見上げるとそこには飛行機と尾を引く飛行機雲。粳部からすれば別に反応することでもなかったが、双子にとってそれは想像することもできなかった非日常なのだ。彼女らが飛行機を見て少し驚いたような表情を浮かべる。

「ああ、飛行機ですよ。ただの乗り物です」

「飛べるんだ……空って」

「凄い……でも私達の方が足早いよね?」

「そうだねクーヤー」

 飛行機の時速は約九百キロだと言われているが、司祭が本気を出して全速力を出せばそれくらいの速度は出せるだろう。藍川や谷口レベルの司祭であれば当然可能だが、双子にできるかどうかは微妙なところである。

「はあ……い、行きますよ」

 相手をするのに困った粳部は先を急いで歩き始め、満足するまで眺めた妹のクーヤーは彼女を追って歩き出す、しかし、ふと足音が一人分足りないことにクーヤーが気が付き、足を止めてカーラーの方を見る。

「行こうカーラー」

 妹の声に反応を示さない彼女のことが気になるよりも先に、歩道橋の中心にある謎の亀裂に視線が向けられる。何もない空中に開いた亀裂。以前に二人が見かけた正体不明の亀裂が、彼らから少し離れた場所に鎮座していたのだ。

 その亀裂の中にある黒い暗闇から何かの目が二人を覗き込んでいる。

「カーラー……!」

「しっ……」

 臨戦態勢になりいつ仕掛けられても対応できるようにする二人であったが、相手の正体も目的も分からない中で戦わなければならないというのは少なからず恐怖があった。何も暗闇で敵に襲われているようなものなのだから。

 暫く両者が睨みあっていると突然空間の亀裂が消滅し、何も残さず周囲は静寂に包まれる。二人は構えを解いて楽な態勢に戻るが疑問が消えたわけではなく、困惑したままその場に立ち尽くしていた。

 二人が来ないことに気が付いた粳部が二人の方を向く。

「あのーいっ、行きますよー」

「……分かってる」




【5】


 飲食店の立ち並ぶ地下道。まばらに人が点在する古ぼけた道は、照明が少し弱かったらホラーそのものだろうと粳部は思っていた。彼女が見回した周囲には歴史を感じさせる飲食店が並び、ピークを過ぎた昼過ぎの営業に励んでいる。そこに不審さはない。

 カーラーとクーヤーは互いの髪の毛を弄っていた。

「……とはいえ、不審者の出入りが多いと言っても」

「ここを探せばいいんでしょ?」

「簡単だね」

「か、簡単ではないですよ……ただの地下街って感じですし」

 藁の山の中から針を探すことよりはマシかもしれないが、それでも机に山積みされた仕事の山を見て啞然としてしまうのは当然の話だ。パっと見ではどこにでもありそうな地下街だが、蓮向かいの職員が言うにはここが一番不審者の出入りが多いのだと言う。

「でも、ここが一番怪しいらしいんです。聞いた限りでは」

「多分、暗くて人が来ない所とかじゃない?」

「人が居ない方が気楽でいいもんね、カーラー」

「まっまあ、最初はそうしますか」

 そう言うと粳部はポケットから折り畳んだ地図を取り出し、この建物の構造を確認する。地下街はやけに広いものの店自体は数が少ない。メインである中心部は繁盛しているものの、離れた場所には点々と店があるだけだった。

 彼女が確認を終えて地図をしまうと、いつの間にか双子は中華料理屋の店内を覗き込んでいた。

「あれ何かなカーラー」

「凄い燃えてるから火事じゃないかな」

「ああいうもんですよ中華は……」

「店の中が色々赤くて何か怪しいよ」

「そういうものなんですって!」

 何もかもが初めての双子は何にでも首を突っ込んでしまう。文字通り暖簾に首を突っ込んで中を眺める双子と、それを引っ張って元に戻そうとする粳部。成人済で推定二十一歳だというのにその様は子供に似ていた。

 気が付いた店主が寄ってくる。

「三名様ですか?今丁度空いてますよ」

「あっ……い、いえ……すいません」

 挙動不審になりつつも店員に答え、双子を引っ張って店から離れる。双子は店主をジッと眺めていたが、粳部は恥ずかしさに必死に堪えることしか考えていなかった。根っからの後輩気質の彼女は後輩の制御には向いていないのかもしれない。

「……疲れた」

「そもそも私達は荒事以外には向かない……」

「殴り合いの時だけ呼べばいいのに」

「そうは思いますけど私には決められないっスよ……」

 三人は人の多い通りを離れ、ぽつぽつとシャッターが降りた通りを進んで行く。かつてはそこにも店が営業していたのかもしれないが今ではその栄華は失われ、錆び付いたシャッターが通りの壁を彩っている。奥へ奥へと進んで行く程に人通りは減り、静かな空間に三人の足音だけが響く。

「……人減ったね」

「不況の時に店がいくつか潰れたみたいです」

「不況って何?」

「……お店が儲からないってことです」

 もう二度と開くことのないシャッター街。その裏に何があるのか、誰が居るのかは外側からでは分からない。三人が足を止めた先では天井の蛍光灯が切れかけ、まるで地下道が無限に続くかのような別世界の感覚があった。こんな雰囲気では犯罪があってもおかしくない。

 不気味な雰囲気に緊張するものの、少しワクワクしていた粳部は再び歩き出して奥へ向かう。

「……ところで、何で組織に協力する気になったんですか?」

「娼婦やらなくていいし、ルールを守れば好きにやらせてくれるって」

「私達は自由が欲しいだけ。楽しくやりたいだけ」

「……楽しくですか」

 地下道に三人分の硬質な足音が響く。双子の行動原理は二人共変わらず、自由に楽しく在りたいだけというシンプルなもの。今まで一方的に奪われた分、それを取り戻す為に行動し続ける。双子にそれ以外の考えはなく組織や世界の為に動いているわけでは決してない。

「力で敵いそうにないし、その方が便利そうでしょ?」

「ううん……健全ではないっすけど、敵わない物には従うのが人間ですか」

「白衣着た人達が色々と教えてくれるから便利だよ」

 全ては始まったばかり。赤子同然の二人にようやく世界について、人間らしさについて教えることができる。粳部は彼らによって殺された犠牲者のことを考えていたが、やはり答えが出せなくなって諦める。それは彼らについてのレポートを読まなければ分からない話だ。

 行き止まりで三人が足を止める。

「ここが行き止まりですね。ここに盗聴器を一つ仕掛けますか」

「……さっきの奴を捕まえればいいんじゃないの?」

「手先の手先だよね、カーラー」

「……何言ってるんですか?」

 またとんちんかんなことを言い出したかと思った彼女だが、自分が何か致命的な見落としをしているのではないかと思い不安になる。それに、いくら人手不足とはいえ蓮向かいがただの馬鹿を雇う筈がないのだ。その才能を見抜く力は確かだ。

 驚く彼女をよそに、双子は平然とした顔で話を続ける。

「さっき会ったお店の人が手先の手先。見れば分かる」

「顔に書いてあったよね、クーヤー」

「へっ?……な、何でそんなことが分かるんですか?」

「仕草、匂い、顔つきから分かる。長年人の顔色を見てれば分かる」

 それはある種の才能。経験と直感が生み出したその特技はラジオのプロファイリング能力に似ている。常人には真似することができない高度な技術。

「……冷たいやつ食べたい。名前何だっけ」

「アイ……アイスクリームだっけ」

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