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15-5

【9】


『お二人共準備はできましたか?』

「ええ、ラジオ司祭」

「問題ない」

 明け方、空はまだ藍色を残した時間帯。少し肌寒い時間帯に屋上で藍川とバレルが待機している。隣の廃ビルでも、特殊装備TT-14を身に着けた職員が小銃を構えて窓から覗き込んでいた。反政府勢力LSTを狩る作戦はいよいよ大詰めだった。

 二人の耳元の無線からラジオの声が聞こえる。

「ラジオが第三班を潰したおかげで楽だな」

「ああ、後は四分された第一班を潰すだけだね」

『だけと言いますが相手は司祭二人ですよ』

 大統領の暗殺と現政権の崩壊は、司祭が一人でも残っていれば成し遂げられる。そんなことをしても支配ができない為に何の意味もないが、やけを起こしてそれをやられてしまえばたまったものではない。司祭が大統領を暗殺した事実を世界に発信することは、絶対にできない。

 しゃがんでビルの屋上から下を見下ろす藍川。

『敵のルートは予想通り。首領はお二人に任せします』

「……まあ、とっとと終わらせて帰るとするか」

『それでは』

 そう言ってラジオからの通信は切断される。切断と言っても彼女の権能は今も有効範囲内の全てを盗聴しているわけで、切断と言うよりも気に留めなくなったと言うべきだろう。途端に辺りは静かになり、二人は移動するLSTの到着を今か今かと待ち構えている。

 物陰に隠れて辺りを見渡すバレルが、視線を彼に向けずに話し始めた。

「……鈴は、あのテロリストの心を読んだわけだな」

「ああ」

「つまり……彼らが戦う動機も知ったわけか?」

 彼の権能は自分より心が弱い相手でなければ心を読むことができる。敵の動向を探る為にその頭の中に手を突っ込む藍川は、彼らが何故戦うのかも知っていた。暴力に手を染めてでも世界を変えようとする彼らの動機を。

 藍川は眉をひそめて話す。

「皆、政府の被害者だ。身内が誤審され、不正を追った者は暗殺された」

「……そうか」

「犯罪に立ち向かう正義の組織。勝てば官軍負ければ賊軍……か」

「勝者が正義を決めるというのは……何とも嫌な話だ」

 不正をしても戦いに勝ちさえすれば不正にはならず、不正を正そうとしても戦いに負ければ悪にされる。理不尽に思えるがそれが人間の作ったシステムなのだ。勝ちさえすれば現状を変更できる、暴力で世界を変えられる。

 とは言え、それを許さないシステムとして蓮向かいは存在していた。

「……正しい手段で世界を変えればいいのにな」

「それを許さないのが今の王様だろ」

「分かっているよ……だが、私にできることはもうこれしかない」

 それは、実力で阻止することだ。藍川は黙り込んだ後に彼女の言葉に答える。

「じゃあ粳部、今すぐ国家転覆しに行くか?」

「ん……えっ?」

「その方が誰も死ななくていいだろ」

 思わずバレルが藍川の方を見る。虚ろな目で下を見つめる彼は確かに粳部と言った。あまり聞き慣れない名前が何故このタイミングで出てきたのか、分からなかった彼女は頭の中が真っ白になる。彼は正気ではない。

「……そうだなフィーン、俺ならできるよな」

「鈴どうした!正気に戻れ!」

「お前が言ってくれたら俺……」

「しっかりしろッ!」

 そう言ってバレルが彼の肩を掴み揺さぶると、次第に目に生気が戻り次第に状況を理解する。誰がどう見ても異常だった藍川はようやく正気に戻った。まるで起きかけのような表情をしている彼は彼女の目を見つめる。

「あれ……俺」

「権能の使い過ぎだな!?もう権能を使うな!」

「でも……俺はまだ戦わないと」

「この調子じゃ心がぶっ壊れるぞ!人じゃなくなるんだぞ!」

 必死で言う彼女の言葉は彼には届かない。

 だがその時、そんな会話をする二人の下に近くのビルで待機する職員からの無線が入る。残念だが、今は喧嘩している場合ではない。

『目標が接近、足止めします』

 職員はそれだけ言うと行動に出る。パワードスーツTT-14を身にまとった職員は窓から狙撃して車を狙い、タイヤを損傷した車は進路が大きく乱れた。小銃を持った職員は窓から飛び降りると空中で車に向けて掃射し、着地して砲火を浴びつつも車に撃ち続ける。

 その時、正気に戻った藍川が屋上から飛び降り壁を走って行く。

「始まったぞ!」

「お、おい待て鈴!」




【10】


「はあ……はあ……」

 全速力で走る仲間の声が響く中、先頭を案内するバーディは息を切らさずに静かに走る。全部で十一人の部下を引き連れて路地を移動する彼らは、自分たちが袋小路に追い詰められたネズミだということを知らない。LSTは完全に、蓮向かいによって狩られようとしていたのだ。

「リーダー!別れたグループが襲われた!」

「クソっ!分散すべきではなかったか!」

 LSTに残された戦力はもう第一班のみ、その一班を分けて配置に就こうとしたもののそれが仇となった。自分たちが何に襲われているのか分からない彼らが慎重に動く為に取った手が、全て相手に筒抜けになっている。何もかもが裏目に出るというのは悪夢でしかない。

 その時、二階の窓から外を覗き込んでいた男が慌てて無線機を取る。

「移動する集団を確認しました!」

 バーディは司祭の聴覚でそれを聞き取ると、室外機の上に置かれていた石を掴む。そして、走りながら石を投擲すると壁を貫いて的確に男の頭を貫いた。司祭の筋力をもってすればこの程度のことは余裕だ。

 全員が路地を駆け抜けて行く中、不意に風切り音が増える。

「があああっ!?」

 背後から聞こえた絶叫に振り向くバーディ。視線の先ではすれ違いざまに刀でテロリストの足を切り裂き進むラジオが居た。遅れて反応した者が小銃を彼女に撃ち込むが直撃したというのに全て概念防御に弾かれる。

 すかさずバーディが対応する。

「貴様司祭か!」

「ご明察」

 前を行くバーディが仲間を庇ってラジオと戦い、生き残った二人の部下が先を急ぐ。彼女が刀を振るうとバーディは片腕で受け止め、空いた腕で殴ろうとするもラジオが結鎖を腕に巻き付けると動きを封じる。彼女は鎖を引っ張って彼の姿勢を崩すと飛び跳ねて彼の背後を取った。

「勝ったつもりかあ!」

 その途端にバーディが鎖を引き千切り、着地したラジオに肘打ちを叩き込む。彼女は咄嗟に刀で攻撃を受け止めるが、何度も繰り返し行われる追撃に次第に後退していく。彼の足払いを跳んで回避するとその隙に回し蹴りを叩き込んだ。しかし、バーディは片腕で受け止めると足を掴んで放り投げた。

「おっと」

 建物の壁を突き破っていくラジオは、不意に空中で回転する何かに目を留める。それは彼が投げた閃光弾。反射的に目を閉じると激しい光が目の前で明滅し、気が付いた時にはバーディは消えていた。

 瓦礫から立ち上がった彼女は路地に戻るもその時には彼の痕跡は欠片も残っておらず、足を切られて悶絶するテロリスト達しか居なかったのだ。彼女は冷静に状況を分析し自身の無線に語り掛ける。

「すいません、三人逃がしました。首謀者が居たのは予想外でした」

『そうか、こっちは確保。集合場所の座標は読んだが』

「多分、もう意図はバレて変更してる。あと情報提供者一名が即死」

『……ラジオは権能で奴らを追ってくれ』

 人が死ぬのは日常茶飯事だ。特に蓮向かいの関係者は長生きできない。こうやって司祭やその他の怪物と接触した結果、呆気なく死んでしまうのだからいくら保証が充実していても割に合わないというのが現状だ。一人の死を悼んでいる時間はない。

 ラジオは刀を鞘に納めた。



 それから少し時間が経った後。灯りのない下水道を走る二人のテロリストの下にバーディが追いつく。反響する水しぶきの音に気が付いた二人が立ち止まって後ろを向くと、全力疾走していた彼が減速してようやく止まった。息は切らしていない。

 三人は浅い水路を歩くと歩道に上がり、古ぼけた蛍光灯の下で足を止める。

「リーダー、他の奴らは……」

「駄目だった。規模のデカい組織が俺たちを潰そうとしてる」

「まさか、別の反政府軍が……」

「ジョンのグループも襲撃されて撤退してる筈だ」

 司祭に急襲されては逃げるしかない。数で劣るゲリラは撤退戦の上手さが組織の存続に大きく関わるが、司祭が相手ではどうにもならない。どの組織においても司祭は隠しておきたい切り札。そう簡単に戦場に顔を出すことはない。

 しかし、ラジオは堂々と彼らを襲った。

「敵の正体は不明だ。だが……民間人に多く情報提供者が居る」

「クソっ!現状で満足してるってのか!」

「何で俺たちの敵になんだよ!」

 民衆の不満は爆発している。その結果、多数の反政府勢力が誕生したが最終的に治安が悪化しただけに終わった。長きにわたる両者の腐敗に民衆は飽き飽きしていたのだ。結局、何も変わらないのだから。

 そして、武力による現状の変更を蓮向かいは認めない。

「腐敗した政権を認めんのかよ……ふざけてやがる」

「……ああ、そうだな」

「組織はもう壊滅寸前……民意は俺たちを選ばなかったんすかね」

 民意というよりも蓮向かいが選ばなかったというだけなのだが、そんなことは彼らの知ったことではない。彼らはただ純粋に理不尽に立ち向かった。しかし、それが武力によるものだった。それだけの話なのだ。

 壁に寄りかかったバーディがポケットから携帯電話を取り出す。

「……最悪の手だが、俺たちにはまだこれが残ってる」

「……リーダー?」

 それだけ言うと彼は携帯電話を開くと、電話帳の欄にあったヴィスナというロシア語の名前に電話を掛ける。それは悪魔との取引。多くの人間の命を奪うことで力を得る最悪の契約。最早、逆転の手立てはこれしかなかった。

 コール音はなく不自然に通話が開始される。

『ハハッ!お早い連絡だね』

「お前の提案に乗る。一万体の死体を用意する」

『どういう心変わりかな?後がなくて焦っているのかい』

 実際、彼らにはもう後がない。戦力の大半を喪失し切り札の法術使いも爆弾も予備の部隊も失い、虎の子の第一班もその殆どが失われた。現状の戦力ではもうどうすることもできない。

 電話口のヴィスナは笑い混じりに話を聞いていた。

「ああ、もうどうでも良くなってきた」

『ほう?』

「民衆が腐敗を望んだんだ。なら、全部消し去るまでだ」

『元気そうじゃないか。契約は成立した、商品を提供しよう』

 そう奴が言うと暗がりから仮面を付けた司祭が二人現れたかと思うと、その背後に百人近い兵隊が現れる。更には足元の影から武器弾薬を積んだ木箱が沸き上がり、下水路に大きな能面を付けた概怪が一体現れる。

 それらは全て今の彼らが最も求めているものだった。

「リ、リーダー!?」

『司祭二体、兵百四十体、武器弾薬におまけの概怪』

「おい、この戦力をどこに隠してやがった……?」

『ぶっちゃけ、兵については司祭の権能でコピペしただけだから』

 司祭二人だけでも戦力としては十分過ぎるというのに。更に百四十人もの兵が居れば大統領の暗殺と国土のある程度の支配は不可能ではなくなる。ヴィスナの支援は親切というレベルではない。

『後は装甲車をいくつか提供しよう。行けるかい?』

「……ああ」

『男の子はそうでなくっちゃ』

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