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第51話 思考を巡らせろ

第五十一話『思考を巡らせろ』


「アイちゃん、お疲れ様。まずは体調を聞こうかしら。エスポアの見立てだと、細胞の再生が完了するのは2~3日後だったようだけれど、調子はどうかしら?」


「ん~、体調ね。いいんじゃないかな? 最初はオニ痛だったけど、次起きた時は、なんともなかったし」


「と言うことは、細胞再生にかかった時間は、2日かからなかったって事ね」


 ん? 2日かかっていない? そういえば、日にちの感覚がマヒしていて、今日が何日なのかもわからないや。


「ちょ、待って。日付感覚、バグってる。今日ってさ、ダンジョンバーから何日たってるん?」


 感覚的には4~5日ってところかな? 睡眠時間をちゃんと把握していないから、確実じゃないけれど… 体の感覚だと、それぐらいかな?


「2日よ」


 スッと、カルミア社長は指を2本立てました。


「え? マジ? たったの2日?」


「そう、たったの2日」


 じゃぁ、そんなに眠っていないって事だ。短時間睡眠で、ここまで回復したって事? それなら頭がボンヤリしちゃうの、何となくわかるな。


「んー、体調はいいんだけどさ、頭がたまにぼ~ってすんの。脳の疲労回復が追い付いてない感じ」


「脳細胞の再生が、一番最後なのかしら? それとも、興奮状態が完全にリセットされていないのかしら? もしくは、アイちゃんの体質? まぁ、そっちはエスポアの管轄ね。今は、事実確認」


 興奮状態か。確かに、ダンジョン探索は大なり小なり興奮状態にはある。最近の探索は、想定外のことばかりだし、「ダンジョン攻略できた!」で終わっていないのが多いから、引きずっているのは確かかも。


「ダンジョンバーに繋がっていた野良ダンジョンだけれど、やっぱり以前のモノと同じだと思う? それとも、別モノ?」


「おんなじかな〜。感覚でしかないけど」


 今まで入ったダンジョンで「同じ雰囲気」て、いうのは無かった。これから出てくるかも、だけど。


「そうだとしたら、そうとうデカイわね」


 カルミア社長はスマートホンの上で指を滑らせつつ、力強い眉を寄せました。


「デカいのも考えモンだけどさ〜、西の魔女が居たり、魔法が誤発動したりぃ、魔法使えない部屋があったりするから、めっちゃダルい」


「そうよね〜。アイちゃん魔法使いだから、魔法を使えないって辛いわよね。魔法が使えなかったら、ただの可愛いギャルだものね」


 そう、それ。ただのギャルじゃ、ダンジョン探索出来ない! 


「でもでも、魔法が使えない部屋は、アイテムは使えるし」 


「そうね。だからと言って、無茶はダメよ」


「ぐっ…。は〜い」


 アイはちょっとだけ不貞腐れたような返事をして、バナナを食べ始めました。少し硬めのバナナをよく噛みながら考えます。


 これは、本格的に対策を考えなきゃ。魔法以外のスキルを身につけるか、新しい魔法アイテムを作るか、魔法NGの状態を打ち消す魔法を考えるか… 簡単なのはアイテムか。でも、荷物を増やすのは抵抗ある。なければ作ればいい… その場にある物を魔法アイテムに出来たら楽なんだけれどな。それだと、魔法を使わなきゃ駄目か。… あ、そう言えば、あの部屋に面白いのがあった。


 ほどよく冷めたルイボスティーを一気に飲み干して、アイはカルミア社長の前に手を出しました。手の平を合わせて、縦にした状態で。


「ねね、あの部屋で面白いものがあった。スピリタスさんが開いた本なんだけれど、ドラゴンが出てきたの。日本語話す小玉スイカサイズのドラゴン」


 差し出した手を、左右に開きました。


「小玉サイズのドラゴン。表現がかわいらしいわ。それ、ちゃんと確認済みよ。ナハバームが記録していたから、ちゃんと見たわ。


 あの本は、『力のある本』じゃないかしら? 『賢者の遺物』とも呼ばれるアイテムよ。力のある人物が所有していた物が、使っていくうちに『物』そのものに特別な力がそなわった品を指すの」


 力のある人物が所有… 単純に考えたら、あの部屋の主だよね。あの、魔法使い…。 何だろう? 何か、引っかかる。


「あの部屋で、私の魔法は無効化されたっしょ? でも、私が作った魔法アイテムは有効だった。『力のある本』も有効。もちろん、部屋の主の魔法も有効。あと、エスポアさんの煙草、あれも動力は魔法だよね? それも有効。… 全部「魔法」なのに、なんで私だけ無効?! ズルくない?」


 じゃなくて、何かあるはず。私だけ、みんなと違うポイントが。


 カルミア社長が皮を剥いたバナナをスッと差し出すと、アイは無意識に受け取って食べ始めました。


「そう言われたらそうね。あの部屋、今回は2回目よね? 今回の脱出はスピリタスがユニコーンの羽根を使ったわね。 前回はどうやって脱出したのだったかしら?」


 前回? 前回も魔法ではダメだった。あの時は…


 モグモグモグ… 頭の中に一つのシルエットが浮かび上がって、ピタっと口が止まりました。


「クラゲ。クラゲが助けてくれた」


水蚕みずかいこの泉からついてきちゃったクラゲ?」


 両手を胸の前でヒラヒラさせて見せる社長に、アイはウンウンと頷いて、口の中身を飲み込みました。


「クラゲが部屋の主と私の前で壁になってくれてさ、小さな空間が出来たから、一か八かで解除呪文を使ってみたんだ。私を引き込んだ手が、クラゲを貫通しなかったから、何となくイケるかも! って思ったから」


「そのクラゲがいてくれて、ラッキー! だったのね」


 確かに。あの時、クラゲがいてくれなかったら、どうなっていたんだろう? 部屋の主は、私に「危害を加えるつもりはない」なんて言っていたけれど…。


「それって単純に考えたら、クラゲの壁を隔てて空間が変わっているって事よね。部屋の主側は魔法が無効な空間で、アイちゃん側は魔法が有効な空間」


「… アイテムで作れるかな? 魔法が無効な空間を有効にできるやつ。広範囲じゃなくて、自分の身の回りぐらいの広さでいいから」


「出来なくはないと思うけれど… 時間はかかるわね。開発するとなると、クラゲをもう一度借りることになるだろうけれど、いい?」


 会社に貸すのかぁ~。この前、有毒性がないかとか、私と暮らして大丈夫なのか検査していた時、離れたら寂しそうだったんだよね。家の水槽が気に入ってくれたみたいだから、出るのは嫌がるだろうな…。お婆ちゃんとも、縁側で日向ぼっこするぐらい仲良しだし。私も、部屋に帰ってクラゲがいなかったら寂しい。


「ちょい、後回しにしてよい?」


 眉間にしわを寄せて考え込んでだした返答に、カルミア社長はニコニコして頷きました。


「「よい」わよ。クラゲ、アイちゃんの家族だものね。

 さ、話を戻すわよ。問題は、魔法が無効な空間でなぜ魔法が発動するか。ね」


 カルミア社長、タオルで磨いたリンゴを両手で掴むと「ふん!」と気合一発。リンゴを素手で真っ二つに割りました。一つはアイへ。もう一つは自分で食べます。


「部屋の主の魔法って、とっても滑らかよね。呪文を唱えていないからかしら?」


「そうそう。多分、頭の中のイメージをそのまま魔力に乗せているんだとおも。呪文の詠唱がいらないなんて、大魔法使いとか賢者とか… ちょいまち」


 アイは真っ二つに割られたリンゴを、そのままシャクシャクモグモグしながら考えます。


 今、なんて言ったっけ? 魔法が滑らか? 違う。頭の中のイメージをそのまま? 違う。呪文を唱えていない、詠唱がいらない…


「それ!!」


「!!」


 アイの大声に、カルミア社長の体がビクン! としました。


「大ちゃん、分かった! あの部屋で私だけ魔法が使えない理由。単純だった! 呪文だよ呪文。あの部屋で呪文の詠唱をしているのは私だけで、他はない。つまり、呪文の詠唱をしている間に、その効果を消されちゃっているんじゃないかな? 短い詠唱でも、唱えないよりは時間があるじゃん。頭の中のイメージと呪文の発動に時間があったらダメなんだと思う」


 そうだとすると、魔法が滑らかなのも、頭の中のイメージをそのままなのも、違わないか。


「… なるほど。言われてみたら納得ね。じゃぁ、アイちゃんは呪文を唱えなくても魔法が使えるぐらい、レベルを上げるの?」


 カルミア社長の質問に、アイは渋い表情を見せました。


アイ、果物パワーで思考回路を回します。Next→

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