第五十五話『アイ、レベルアップ宣言!』
エアコンの利いている大きな体育館。その中心に立つのは、真っ赤なカラーコンタクトに、気合の入ったギャルメイクのアイ。長い黒髪をポニーテールにして、カルミア社の新しいスポーツウェアにすっぽりと身を包んでいます。深呼吸をして強張る頬を無理やり上げて笑顔を作ると、ハイビスカスのチップが付いた真っ赤な爪で、目の前に構えられたトカゲタイプの自立型スマートホン・ナハバームの「ライブ配信を開始」文字をタップしました。
「ボーン。皆、おひさ~。カルミア社登録番号S10568アイだよ」
『アイちゃーーーーん!!』『待ってたよ、アイちゃん!』『良かった~、生きてた~』『アイ氏、完全復活!』『アイちゃんだー!』
カメラに向かって挨拶をしただけで、画面を瞬時に埋め尽くすコメント。と、投げ銭。まさしく嵐です。
「ちょっ、スゴいんですけど」
勢いの良さに、苦笑いしつつ若干引き気味のアイ。その間もコメントと投げ銭の嵐は弱まることはありません。
『録画配信見たよ~』『あのダンジョン、マジパネェ』『アイちゃん、無事でよかった』『パネェのはアイちゃんも』『ほんそれ』『毒自分から飲むなんて、マジパネェ』『あれ、マジビビった』『アイちゃん、完全復活?』『もう体大丈夫?』
最近、生配信していなかったからな~。録画配信したのも、あの野良ダンジョンが最後だったし。皆、こんなに心配してくれていたんだ~。
「皆、マジ心配してくれてた感じ? あざっす、あざっす、あざーっす。いや~、あの後、大ちゃん激おこぷんぷん丸で、病院に監禁でしたわ。でも、大ちゃんがたっくさん果物を差し入れしてくれたんだよ。おかげで復活したよ~ん」
『怒られるの当たり前』『社長、気苦労絶えないだろうな~』『社長に同情』『怒るのは、社長の親心』
「ちょっ、私の味方なしか。まぁ、さすがに今回のダンジョンは、大ちゃんに申し訳ないな~とは思ったしぃ、このままじゃあの野良ダンジョンの攻略、無理っぽいっしょ?」
『確かに』『アイ氏、MP切れの時の対応必須』『魔法使えないと、ただのギャルだもんね~』
「だしょだしょ。なので~、レベルアップしようと思いま~す」
『レベルアップ?』『魔法?』『魔力?』『魔法アイテム?』
スマートホンの画面が『?』で覆いつくされたのを見て、アイはニンマリとして画面の半分を空けました。
「魔力も魔法もレベルアップするよ。でも、今一番の課題は魔力切れた時なんだよね。ゆでカリフラワーさんの言う通りでさ。西の魔女に魔法封じもされちったしー。だから、剣の腕を磨きたいと思いま~す。とゆーことで、はい、先生のスピリタスさん登場~」
空いた画面の半分に、アイに引っ張られるように入ってきたのは、バーテンダー姿のスピリタス。途端に画面がざわつきました。
『おおー!スピリタスさん』『確かに、剣の腕はピカイチ』『え? でも喋んないじゃん』『ぶつかり稽古か?』
「それ! オスミさんの言う通り、私もスピリタスさんの声、聞いた事ないんだよね。どうやって稽古つけてくれるか分からないんだけれどさ、これから暫くは会社のこの体育館から、特訓の様子を生配信していきま~ス。題して『アイ☆レベルアップへの道!』」
『なんか、ダサw』『魔法剣士への道は?』『転職? アイちゃん、転職すんの?』
うんうん。分かる分かる。その反応、想定内。
「「ダサ」とか言うなし~。草生やすな。これ考えたの、大ちゃんだかんね。世界屈指のデザイナーだかんね。ま、配信は短時間になると思うけどさ、皆見てね。んじゃ、今日はとりまおわで~す。あざまし~」
ニコっと満面の笑みで配信を終わらせたアイは、画面が切れたのを確認して肩の力を抜きました。スマートホンを構えていたカルミア社長が楽しそうに声をかけます。
「どぉ? 久しぶりの生配信」
「疲れたし~。でも、皆待っててくれたみたいで、良かったよ。安心した~」
忘れられてなくって、良かった~。ダンジョン探索者なんて、私以外にもたくさんいるもんね。
「簡単に忘れられちゃ、困るわよ。アイちゃんはうちの会社の稼ぎ頭で広告塔でもあるんですからね」
広告塔が毎回ボロボロになってもいいのかな?
「夏休み期間中はこの施設を使って、思いっきりやって頂戴。人手が欲しかったら幾らでも手配するわ。とにかく、アイちゃんは剣のレベルを上げることだけを考えればいいわよ。生配信もするんだから、リスナーに成長を見せなきゃね。馬鹿にされるわよ」
はい。と、挑発的な笑みでカルミア社長が差し出したのは、ナハバームではなく一振りの剣でした。アイは皮の鞘に収まったそれをグッと手にして
「画面の向こうの姿も見えない人に馬鹿にされるのは構わないけどさ、野良ダンジョンに入れないのは困るんだよね。だからスピリタスさん、よろしくお願いします」
スピリタスに深々と頭を下げました。
「まずは、自分の剣に慣れてください。アイさん用に多少短く、軽量化してあるそうですが、初めは振り回されると思います。なので、自分の剣で自分を傷つけないように」
「はい」
アイの気が引き締まったのが、その表情からもわかります。スラッと
… 思ったより片手で構えると重いなぁ。軽量化してくれているらしいけれど、長時間は無理かな。
「アイちゃん、手の甲は上ね。ポンメルが手首に下から押し上がるようにして持つのよ。あ、ポンメルは柄の先端部分のことね。そうそう、そんな感じ」
カルミア社長に構えを微調整してもらい、再度深呼吸するアイ。
「では、始めますね。まずは僕の剣を避けてください。避けるだけで結構ですよ」
ニコっと微笑んだスピリタスの表情がスッ… と引き締まり、その手は腰に添えられました。そして、何もない空間から引き出される大型の剣。鎌形のケペシュ。
空気が変わった。… 闘気って言うのかな? 凄いピリピリしてる。 構えているだけなのに脂汗が噴き出て来て剣が滑る。正直逃げ出したい。怖いんだもん、スピリタスさん。でも、ここで逃げ出したら成長できないし、あの野良ダンジョンの部屋にも行けない。黒崎先生に背中を押してもらって、社長に「ダンジョンに入りたい!」て我儘言ったんだもん。ここで逃げるわけにはいかない! スピリタスさんの闘気に飲み込まれるな、逃げるなアイ!
「とりあえず5分いくわよ。アイちゃん、頑張ってね~。じゃぁ、スタート!」
楽し気なカルミア社長の声に続いて、ピー! とホイッスルが鳴り響きました。
アイ、久しぶりの生配信にドキドキしつつもリスナーの反応を見て一安心。さ、リスナーにも宣言した通り、レベルアップに向けて始動です! Next→