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第59話 特級モンスターの倒し方

第五十九話『特級モンスターの倒し方』


 ザザー… と、天井に着いているスプリンクラーが作動しました。拾い廊下は瞬く間に水浸しになり、ガマガエルの破片が浮き沈みしています。けれど、アイは三人を包んでいる防御魔法を解除しませんでした。


 おかしい。ガマガエルは倒したし、これだけ水が降り注いでいるのに炎が消えない。床の上、水の中でも燃えてる。… 私の魔力が上がったから? ガマガエルの油で燃え続けているとか?


「アイちゃん、どうしたの? もういいんじゃないかしら?」


 腰が抜けたままのシスターは、スピリタスの足にしがみついたまま、涙声で言います。


「なんか変じゃね?」


 鳥肌が収まっていない。… ガマガエルじゃないのかも。別の何かが…


ズシン…


 足元が大きく揺れ、水が跳ねました。そして三人とも産毛どころか、髪もサワサワと逆立った気がします。


「… ヤバ。シールド・ヤヌスの門」


 アイは素早く空気の球の外側、四方向にヤヌスの門を発動させて三人の姿を隠しました。


ズシン… ズシン…


 その足音はゆっくりだけれど、床と水面を大きく揺らしながら確実に向かって来ています。


「なに? この足音。震えが止まらないんだけれど」


 声も震えているシスター。けれど、自力で立ち上がって詠唱を唱え始めているのは、さすがだとアイは思いました。


「この感じ… 多分、エキドナだとおも」


 多分… 間違いない。体は隠したけれど、この後は? 逃げる? でも、本当にエキドナだったとしたら、このままでいいの? いや、良くない。どれだけの被害がでるか…。でも、どうやって倒す?


 シャモジを握る手に、自然と力が入りました。


「エキドナ?! それって、上半身は美女で下半身は蛇のモンスターでしょう? 特級モンスターじゃない! どうやって倒すのよ?」


「それな。前回は、尻尾を巻いて逃げたんだよね~。今日はどっしようか?」


 … それにしても遅いな? 標準より広い体育館だけれどエキドナの大きさだったら、そろそろ建物を破壊しながら廊下に出てきてもいいはずなんだけれど。


 スピリタスを見ると、その視線はジッ… と体育館の方を向いています。その目の力強さに、アイは「ま、何とかなるよね」と覚悟を決めました。


「はい、確認ね。スピリタスさんがメインの攻撃でOK? で、私が魔法で後方援護。あ、巻き込まれないようにスピリタスさんには防御魔法かけとくね。で、さらに後方援護でシスターさん。とりま、大ちゃんに連絡ヨロ。ほら、『報・連・相』は大事っしょ。

 はい、ヤヌスの門解除」


 言うが早いか、アイはヤヌスの門を解除してシャモジを振って、スピリタスに防御魔法をかけました。そして、呪文の詠唱を始めます。


「え、ちょ… ちょっと待って」


 体育館に向かい始めたスピリタスとアイの背中を追いかけながら、シスターは割烹着のポケットからスマートホンを取り出しました。


 体育館のドアの前につくと、アイは引き戸の窪みに手をかけてスピリタスを見ます。


「スピリタスさん、先に謝っとくね。トバッチリしたら、ほんまゴメンやで」


 その言葉に、スピリタスはフッと微笑んで頷きました。


「第一に考えるのは、貴女自身の身の安全。約束してください」


 この状況で、喋った。いつもは黙っているのに、喋った。


 驚いて返事を忘れているアイに、スピリタスは圧をかけます。


「約束」


「あ、はい。約束します。気を付けます」


 ヤバ、これは「怖い黒崎先生」だ。下手なことしたら、怒られる。


 ビクッとしたアイに、スピリタスは人の悪い笑みを向けて、ポケットから出したリップを塗りました。


「三度目はない。… ですからね。お気をつけて」


 ほんの少し、アイの胸元に人差し指をかけてウェアを引っ張ると、出来た隙間にリップを落としました。


 え…


 そして、思考停止したアイの手に自分の手を重ねて、体育館の引き戸を勢いよく開けて中に飛び込みました。ケペシュを腰の空間から取り出しながら。


ズン!


 すぐに今まで以上の揺れがアイを襲います。


 い、いたたたた…。お尻、思いっきり打った。じゃない! スピリタスさんが中に飛び込んじゃった。早く後方援護に回らなきゃ。固まってる場合じゃないよね。まぁ、スピリタスさんが悪いんだけれど。… 本当にあの人、遊び人だなぁ。人の胸元にリップを落とすなんて… あ、このリップ高坂さんと小川さんに買ってもらったものと同じものだ。先生、買ってくれたんだ。


 ちょっとうれしくなりつつも、アイは引き戸に身を隠しつつ体育館の中の様子を見ました。


「… あれ? あれがエキドナ?」


 前回見たものより、ぜんぜん小さい。上半身の美女は普通の人間サイズだし、下半身の蛇は… ニシキヘビ、二頭分ぐらいかな? もしかして、エキドナの赤ちゃん? て、そんなのがいるのかな? 卵から生まれるとか? いやいや、それは後で考えるとして、これならイケる!


ブン! バゴォォッ!!


 エキドナの下半身がしなやかなムチのようにしなって、体育館の床を弾きました。えぐられた床は四散して、体育館の壁に突き刺さります。とっさに扉の陰に隠れるアイ。その顔のすぐ横を、貫通した塊が飛んでいきました。


 … 前言撤回。見かけで判断しちゃ駄目だよね。さっき、全身鳥肌が立つほど本能が警戒してたんじゃん! なんで油断しちゃうかな? それにしても、一振りで体育館の床に大穴が開いちゃったんだけれど。


 深呼吸を数回繰り返して、お臍の下に力を込めて扉の陰から飛び出しました。


「ギャルの私は強いん… すごっ」


 気合を入れるつもりの言葉が、目の前の光景で中途半端で終わりました。


 スピリタスさん、いつにも増して体捌きが綺麗。エキドナの下半身の攻撃を完全に読み切ってる。


 エキドナの2本ある尻尾の上を行き来しながら、襲ってくる尻尾の先を華麗に避けつつケペシュを振るスピリタス。その身体も剣先も滑らかに動いていて、みるみるうちにエキドナの尻尾は短くなっていきました。


「そっか、体重移動だ。正しい姿勢と体重移動。それだけでこんなにも綺麗なんだ」


 ここまでのレベルになれたらいいなぁ。


 なんて見とれていたアイに向かって、二度目の床の破片が飛んできました。エキドナの尻尾の破片と一緒に。防御魔法の壁に当たって、目の前で落ちた床の固まりを視線で追いながら、アイはゴクリと唾を飲み込みました。


「グ、グッジョブ」


 顔から血の気が引いたアイ。気合を入れなおしてシャモジを構えます。


 これ、私の援護いらないよね。自分の身の安全を第一に! て約束もしたから、大人しく検体採取しよう。


 目の前に落ちたエキドナの破片を取ろうと視線を移したアイは、思わず声を上げて座り込みました。


「ちょ、何これ?! シスターさ〜ん、虫カゴかタッパーか… 何か入られる物、持ってきて〜。チョッパヤで!」


 アイの目の前には、ウゴウゴと動いているエキドナの破片があります。それは、小さな小さな植物の芽を撒き散らしながら、再生を始めていました。


 破片って言うより、ブロックって感じ。出血は止まっていて、肉や骨の細胞より血管の再生が速いな。血管の中で血液が作られているのかな? 切断面、とっても綺麗~。ケペシュの切れ味が分かる切断面だわ。この切断面を覆っているゼリー状のものは、浸出液とは違うのかな? ゼリー状の下で血管がニュルニュル伸び始めてる。その血管を覆うように肉と骨が再生を進めて… あ、骨があるってことは、ここは尻尾の部分じゃないね。


「ん? 草?」


 再生を始めたエキドナの破片に、カイワレ大根のような植物がヒョコヒョコと近づいてきました。その根は床に根付くわけじゃなく、動物ね脚のように前後に動いて床の上を移動しています。


 エキドナの破片が撒き散らした植物の芽が、ここまで成長したの? 栄養源は何かな? 元々持っているのか、床の上の埃とかワックスとか?


「… 吸収した」


 その植物は、自らエキドナの破片から伸び出した血管の前まで進むと、ヒュルンと絡まれて吸い込まれました。


 ん? さっきより再生スピードが速くなったかな? 


 それは一回だけではなく、次から次へと集まってエキドナの破片を囲みました。


 どんどん吸収して、どんどん再生していく。でも、元の大きさからの比べたらとっても小さいな。完全に再生しても手の平サイズだろうな。今は下半身の再生までだけれど。


「この草、再生プログラムに必要不可欠なのかな?」


 アイは自分の前をヒョコヒョコ通っている植物をつまみました。


 どう見ても、カイワレ大根。ひげみたいな根っこがウゴウゴして可愛いかも。これ、育てたらどんな植物になるんだろう?


と、手のひらに置いてみたら


「痛ッ!!」


 チクチクチクッとした、何本もの針に刺されたような感触に、アイは思わず手を振りました。けれど、植物は落ちません。チクチクとした痛みは、ドクドクと血を吸われている感覚に変わりました。


「ヤバ、吸血植物だった」


 迂闊うかつだった。と反省しながらも、もう一度よく観察します。


「あ~、成長してる」


 攻撃力が低すぎるから、防御呪文をスルー出来ちゃったんだね。蚊より少し痛いかな~ってぐらいか。浮いている根っこと、私の手のひらに付いている根っこがある。吸血用の根っこ、中に入り込んでるなぁ。血があふれ出して来てる。細胞を溶かす成分でも出しているのかな? これ、引っ張って途中で切れたら… どうなるかな? でも、これ以上成長したら、手から引き抜く時に相当痛くなるし、出血量も多くなるよね? 


 とりあえず… と、アイは根っこの元をキュッと指先で摘まみました。そして軽く引っ張って反応を見ようとしたら


「ちょっと、何してるのよ!」


 悲鳴のような声を上げながら大小さまざまのタッパーを足元に落として、シスターが真っ青な顔でアイの手首をつかみました。


「… 植物の生体観察?」


 てへっ。と、コテンと小首をかしげて見せたアイに、シスターの怒りゲージは急上昇。


「ほんとぉ~うに、馬鹿! 大馬鹿!! 足元、見てみなさいよ!」


 ドンドンと地団駄を踏むように、足を上げ下げするシスターに釣られるようにアイは視線を下げました。


 アイ、特級モンスターの生体に興味津々! 悪い癖がヒョッコリ顔を出しているけれど大丈夫? Next→




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