第六十話『特級モンスターの倒し方2』
シスターに怒られて見た足元は、自分の手の平から零れ落ちる血の雫に群がるカイワレ大根達がワラワラと。さらに、そのカイワレ大根の群れを、カエルのような舌が伸びてきて絡めとっていきます。
「おお… 再生完了したよ」
舌の持ち主は、再生した手の平サイズのエキドナでした。エキドナは舌を伸ばしてカイワレ大根のような植物を手当たり次第に食べては、その体のサイズを大きくしていきました。
「元のサイズまで大きくなるのかな?」
「なに呑気に観察しているのよ」
シスターは、怒りながらアイの手の平から植物を抜き取りました。なんの躊躇いもなく、勢いよく一気に。
「!!」
痛みは一瞬でした。刺されたのも血を吸われるのもそんなに痛くはないのに、抜かれるのは目の前がチカチカするほど痛くて、けれどアイが悲鳴らしい悲鳴を上げる暇もなく、シスターは素早く回復呪文をかけてくれました。
「… あざます」
瞬時に噴き出た脂汗を拭いながら、アイは落ちているタッパーを一つ拾って、シスターが手に持っている植物をそこに入れました。あと、もう一つのタッパーには、アイの足の上に上がっていた植物を。
「感謝は後でたっぷりしてもらうわよ。美味しいものでね。それより、あれをどうにかしなさいよ!」
あれ? と、アイはシスターが指さす方向に視線を向けました。あちらこちらと忙しく動く指先には、アイの足元で再生完了したエキドナと同じモノが共食いを始めて、その個体を大きく育てていました。
「あ~、なるほど。スピリタスさんが切り刻んだ破片の数だけ再生したんだ」
カイワレ大根みたいな植物を食べて、完全再生したらお互いを食べてより大きく… 再生より育つって言うのかな?
「ポン! て、手を打って納得している場合じゃないでしょう! 早く! 早くしなさいよ! あいつらが攻撃してくる前に!!」
確かに。いつこっちを標的にしてもおかしくはないか。でも、一匹ぐらい、検体に欲しいよね。スピリタスさんは…
「うわぁ~、下半身なくても攻撃してくるって、マジ強いわ~」
足元で共食いをしていたエキドナを素早く空気の膜で覆い、スピリタスの方へと視線を向けます。スピリタスに切り刻まれているエキドナは、上半身しかない状態でも両腕を振り回し、意思を持ったように長い髪を四方に広げたりドリルの先のようにぐるりと束にして攻撃したりと、とても元気でした。そのすべての攻撃を、スピリタスは綺麗に避けてケペシュをふるっています。
「ちょっとちょっと、観察はそろそろいいでしょう。いい加減、ここをどうにかしてちょうだい」
シスターがギュッとアイに体を寄せました。ハッとして足元を見ると、共食いをしている小さなエキドナ達と、エキドナに食べられなかったカイワレ大根のような植物が、すさまじいスピードで成長を始めていました。
「10倍速ぐらい? あっという間にジャングルになっちゃわねぇ? とりま、あぶらーの恋バナ! と、アテナの驀進!」
アイの魔法でシャモジから生まれた炎の竜巻が、ぐるぐると植物や小さなエキドナを飲み込んでいきます。
「特級レベルのモンスターって、やっぱ強いねぇ~」
竜巻の中、飲み込まれたエキドナ達は炎の刃で切り刻まれ、全身を焼かれながらも共食いを続けています。
「関心している場合? 確実に成長しているわよ」
うん、確実に大きくなってる。 個体数が減っていくぶん、生き残っている個体のサイズが格段と大きくなっている。つまり…
「あれって、最終的にはスピリタスさんと戦っているエキドナを食べたりするのかな?」
「そんなことしたら、元に戻っちゃうじゃない」
あ~、シスターさん震えてる。お肉の振動が、背中越しに伝わってくる。まぁ、怖いよね。大量の血を振りまきながら戦う下半身のない美女… 迫力だもんね。
「だから、『再生』なんだってば。エキドナって、そういうモンスターだったん?」
「知るわけないでしょう?! 今までエキドナに遭遇しても、貴女みたいに観察をしたり、データーを取ろうとした探索者なんていないわよ」
そうだよね。公式のモンスター図鑑にも、存在しか乗っていなくって詳細は不明だったもんね。となると、今回のこれは結構ポイント高いかも。魔力はタップリあるし、メインの攻撃はスピリタスさんに任せればいいし。
「ねーねー、シスターさんてさ、結界魔法得意だったりする?」
アイはクルッと振り返って、シスターを見つめました。
「は? 貴女、誰に聞いているのよ?」
つまらない事を聞くな。というシスターの表情に、アイはニッコリと微笑みました。
「あ、得意ね。OK、OK。んじゃさ、この体育館全体に結界魔法かけてよ。ここの中身が外に飛び出さないように丸っと」
言って、アイは呪文の詠唱に入りました。
「ちょっと、何を考えているのよ? 私は反対ですからね!」
アイの表情と行動に悪い予感しかしないシスターは、アイの両肩をしっかりとつかんでガクガクと揺らしました。
「スピリタスさ~ん、まだ余裕っしょ?」
そんなシスターを気にもせず、アイはスピリタスに大きな声で聴きました。それに対して、スピリタスは大きくケペシュを振って〇を作りました。ついでにエキドナの髪もバッサリと切れました。すぐ再生しましたが。
「私は、は・ん・た・い!!」
アイの目の前で両腕で大きく×印を作るシスター。そんなシスターに、アイはコソッと
「これ成功したら、スピリタスさんと喫茶ボヌールでチャニスル…」
「任せて!」
言い終わる前に、シスターは鼻息も荒くアイの両肩をしっかりとつかんで大きく頷きました。効果大です。
「ん、んじゃ、シスターさんは結界よろ~」
て、もう結界魔法発動させてる。恋するパワー? 凄いな~。
「スピリタスさん、よろ~!」
パン! と大きく手を叩いた瞬間、炎の竜巻が消滅しました。途端に、そこかしこに降りそそぐ、傷ついたエキドナ達。同時に、今まで戦っていたエキドナから距離を取ったスピリタス。
「さすがのスピリタスさんでも、あの量は…」
降ってくるエキドナにビクビクしながら、シスターはアイの背中に張りついてスピリタスを見ました。途端に、その口はポカ~ンと開けっ放しに。
スピリタスの体が宙を舞っています。大きなケペシュの刃は弧を描きながら傷ついたエキドナ達を切り刻み、それを足場に飛んでいきます。
「スピリタスさんだよ? ダイジョブっしょ」
アイは自分の事のように得意げに笑って、シャモジで空中に『シ→ルド』と書きました。
「マジ、すご。KYヤバー」
呪文を唱えてフッ! と息を吹きかけると、シャボン玉のような空気の膜がエキドナの破片に向かって飛んでいきます。
「なるほどね。破片の一つ一つを閉じ込めちゃえば、再生できないって事ね」
床に着く時には、空気の膜に覆われているエキドナの破片を見てシスターがホッとしたのも束の間、ザザザーと凄まじい葉擦れの音と共に、体育館中が木々に埋め尽くされました。障害物を貫く力強さで育つ幹や枝のスピードを、アイは何とか避けることができました。
「… な、何これ。シスターさん!?」
しなる枝の上でバランスを取りながら、アイは辺りを見渡しました。
油断したというか、忘れてた。あのヒョロヒョロカイワレ大根達が、一瞬で大木になって森を作るなんて。まぁ、エキドナの体を再生させるエネルギーを持っているから、当たり前って言ったら当たり前かぁ。シスターさんの結界があるから、体育館の外は大丈夫だよね?
「ア… アイちゃ〜ん」
苦しそうな声に振り向くと、逆さまで枝と枝の間に挟まって、身動きが取れないシスターが居ました。あ、割烹着の下はシスター服なんだ。と、変に納得するアイ。
「器用〜」
「なわけないでしょう! 早く助けて」
だよね。大きな怪我はなさそうだけれど… すっぽりハマって、引っ張っても押しても動かない!
「イタタタタ! ちょっと、イタいわよ! レディの柔肌が傷付くでしょう! もっと優しくしなさいよ」
「そうは言っても、無理っぽい。あ、スピリタスさんに、ケペシュで枝を切ってもらえばよくね?」
我ながらナイスアイディア〜。
「えっ! こんな格好…」
「スピリタスさ…」
慌てふためいても身動きが取れないシスターと、名案! と機嫌よくスピリタスを呼ぼうと振り返ったアイの前に、下半身を切り刻まれたエキドナが降ってきました。蛇のようにガクッと顎を外した、大きな口を開けて。
「キャッ…」
バリン!!
シスターの悲鳴は、ガラスの割れるような音にかき消されました。アイにかかっていた防御魔法が噛み砕かれ、その反動でアイとシスターは壁近くの木まで吹き飛ばされました。何本かの木を折りながら。
ギャアアアア!
防御魔法を噛み砕いたエキドナは、ケペシュで脳天から縦に真っ二つにされ、すかさず横に斜めにと細かく切り刻まれていきます。
いたたた… 背中、打った。スピリタスさんの援護… 呼吸…
背中に走る激痛に耐えながら、咳き込みながら呪文を唱えようとするアイの眼の前で、エキドナだった破片が勢い良く燃え上がります。その火は周りの木々にも燃え移り始めました。
「火事~!」
「サンプル~!」
シスターは逃げ道を探して、アイは燃えていくエキドナの破片を掴もうとして、アタフタと動き出した二人の周囲の木々をケペシュがバサバサを切り倒しました。スピリタスが大きなため息をつきながら。
アイ、エキドナに気を取られていたら周りはジャングルに。燃え広がる火を前にお慌ててサンプルを集めているけれど… Next→