第六十九話『新技!』
ゴーレムの後はこれといった強いモンスターも出ず、香坂のナビのおかげで順調に進みました。
それにしてもこの子達、レッドドラゴンの縄張り内は怖がっていたのに、よく付いてくるなぁ~。モンスターとの戦闘になったら、素早く物陰に隠れてくれるから邪魔にはならないけれど。よっぽど香坂さんの事が気に入ったのかな?
目の前を歩くモフモフ二頭身モンスター達の後ろ姿を見ながら、アイはコロコロとロリポップキャンディを口の中で転がしながら考えます。
そう言えば、あの子達が怖がっていたダンジョンを巡回しているレッドドラゴンの手下たちって、どんなモンスターなんだろう? あと、スピリタスさんが入り口で根っこを切り刻んだモンスター、あれはこの子達の友達らしいけれど、そっちも気になるな。
「お姉さん、お腹でも痛いニャ?」
アイが、う~ん… とうなり声を一つ上げると、黒い子猫が聞きました。
「あ、ダイジョブ、ダイジョブ。ちょっと、考え事。… あのさ、このダンジョンを巡回しているモンスターって、どんなん?」
子猫が可愛く小首をかしげるから、アイはついつい聞いちゃいました。
「ああ、レッドキャップ」
「レッドキャップ?」
「モンスターじゃニャくて、妖精ニャよ。赤い帽子をかぶってニャ、小さくって骨ばったお爺さんニャよ。頑固で狂暴ニャよ~」
狂暴な老人妖精が巡回かぁ~。「悪さしている奴はいねぇか?!」て感じなのかな? 捕まったら痛いお仕置きされちゃうとか?
「まぁ、赤い帽子を見かけたら、すぐに逃げるニャね」
え? すぐに逃げる?
「あ! あんな風に」
子猫の言葉に驚いていると、少し前を歩いて、曲がり角を曲がったはずのモフモフモンスター達と香坂が、真っ青な顔でアイに向かって走って来ました。
「ちょっ… なん… どしたの?」
ダダダダー! と一気に走ってきて、アイの背中に隠れる一同。アイを前に前に押し出す感じで、アイの真後ろを取ろうと押し合いをしています。
「出た出た出た~」「来ちゃった来ちゃった~」「助けて、隠して~」「殺されちゃうよ~」
凄い怯えよう。この子達が来た方からは、激しく刃物がぶつかり合う音が聞こえるから、スピリタスさんが戦っているんだ。
「スピリタスさんに任せておけばダイジョブっしょ」
今日も技はキレッキレだもんね。溺れかけたけれど。… て、そうも言ってられなさそう。
「ここ、動いたらオコだかんね。シールド・アテナ!」
アイは素早くモフモフモンスター達と香坂に防御呪文をかけると、振り向きざまに呪文を詠唱しました。
「殺気、丸出し!! やられても文句言わないでよ~。あぶらーの恋バナ! バースト!」
ボボボボボボン!! アイが放った炎はすぐに敵に直撃して、花火のように破裂しました。
「火力2割増し~」
やっぱり、魔力もちゃんとアップしてる。特訓の成果、出てる!
「油断しちゃダメ!」「あいつら、めちゃくちゃ頑丈…」「レッドキャップだ!」
モフモフモンスター達と香坂にピースサインを向けたアイに、モフモフモンスター達が警告します。その言葉の途中で、もうもうと立ち込める煙の中から小さな影がいくつか飛び出してきました。
「レッドキャップ?! 簡単じゃないって? りょ」
バンバンバン! パリパリパリ… 小さな影がぶつかった衝撃で、アイの体は大きく押され、発動した防御魔法も砕けました。
スピード勝負か。詠唱時間を短縮しよう。
体制を戻しながら、素早く両手のネイルチップを引きはがすアイ。
「ギチギチギチ」「ギギ… ギギギギギ…」
その煙をまとった影は床に着地すると、歯を鳴らしている音なのか威嚇なのか、耳障りな音を発しながら再度アイに向かってとびかかって来ました。
見えた! 赤い帽子の、小さなオジサン!
「バースト!」
10個のネイルチップを投げつけて解除すると、さっきと同じぐらいの炎が上がりました。
「ガチチル、リリース」
解除の呪文を詠唱すると、アイの手元には特訓で使っていたレイピアが握られました。ガリっとロリポップキャンディを噛んで、さらに詠唱。
「マジ、ガンダだから。テンアゲでいくよ!」
身体が軽くなったのを感じてレイピアを構えると、炎をまとった小さな男が襲い掛かって来ました。
基本体制は崩さない。体の中心をキープして腰を回して剣を振る。呼吸は深く、血の流れを良く。脳の働きを良くして集中力を高める。標的は複数で小さく早い。視力だけに頼るな。風の音とむき出しの殺気を全身で感じなきゃ。
アイが振るレイピアは、軽量化されている分致命傷をなかなか与えられない。けれど、四方八方から襲ってくる小さなオジサン、レッドキャップ達の皮膚を裂き、関節の筋を少しずつ、けれど確実に切断していきます。半分はレッドキャップの振り回す斧と当たっては弾かれていますが。
視界、慣れて来た。これが見かけたら逃げろって言う、レッドキャップ。確かに顔は凶悪なオジサンだ。骨ばった骨格、長い牙かな? 口から飛び出てるし、口臭がキツイ! 爪だって長くて尖ってて、引っかかれたら化膿するに決まってる! あと、武器の斧の使い方が癪にさわるほど上手い。
「とりま、オコだからシムシェクだよ」
ロリポップキャンディを噛みしめながら詠唱。同時にレイピアで切り込んでいくと、触れた剣先から細い稲妻が出て、レッドキャップの傷口から体内を電流が流れました。
「ギャギャギャギャ!!」「ギャァァァァァ!!」
悲鳴を上げて、ボトボトと床に倒れ込むレッドキャップ達。
「剣に魔法を乗せるのは、まだイマイチだなぁ」
激痛にのたうちまわるレッドキャップを見ながら、アイはストンと座り込みました。
「アイアイ、何したん? フッ軽で見えなかったんだけど?」
アイの言いつけ通り、微動だにしていない香坂とモフモフモンスター達。目だけがキョロキョロと、あちらこちらに倒れているレッドキャップ達を見ています。
「えっと… 空間の鞘にしまっていたレイピアを出して、自分にスピードアップの魔法をかけて応戦してたけど、私の体力がレべチでやばたんになってきたから、雷の魔法を使ったの」
一対一だったら、まだ余裕だったかな。さすがに剣士ビギナーに、狂暴なレッドキャップ5人相手は辛かった。予想以上に魔力と体力、使っちゃったな。
「呪文は口で言えばいいんでしょ? でも、魔法陣は? 動画、観たし。いつも、ロリポップキャンディで描いてんじゃん、魔法陣」
え~! 香坂さん、私の動画を観てくれたんだ。感動かも。
「魔法陣、ちゃんとあるよ」
アイは得意げに微笑んで、口に突っ込んでいるロリポップキャンディの棒をつまみました。
「こ・れ」
そして、何回もかみ砕いてボコボコになったロリポップキャンディを口から出しました。
「それって、魔力回復の為に舐めてんだよね?」
「香坂さん、マジ観てくれてる~。あげぽよ。そそ、これ、今までは魔力回復アイテムだったんだよね。でも、この棒に特殊インクで魔法陣を印刷してもらったんだ」
もちろん、カルミア社長に。駄目かな? と思ったけれど「面白いじゃない。やってみましょう」て、試しに作ってもらえて良かった。
「それ、有りなん?」
「それな! 私も五分五分かな~って思ったんだけど、ワンチャンあるかもって思って」
やって正解。効果はいつもの10分の1ぐらいだけれど、効果はあったよね。
「アイアイ、良き!」
両手を叩いて喜ぶ香坂に、アイは満面の笑みで答えました。
「あざ~す」
で、スピリタスさんはいつからそこで見ていたの? 通路の隅に立っているだけでも絵になるのが凄いなぁ。レッドキャップとの応戦、見てくれてたかな? 後で採点してもらおう。あと、レベルアップも頑張らなきゃ。
アイ、新技が上手くできてご満悦です。けれど、予想以上の疲労感に、まだまだパワーアップ不足を感じました。Next→