第七十話『ラスボス・レッドドラゴン』
「最後の最後でこれ?」
この先がラスボス。という扉の前で、アイたちは足を止めていました。その扉はレッドキャップと戦った場所から5分しないところにあって「ここがラスボスの部屋!」と、一目瞭然です。でかいんです。今まで見て来た扉の5倍はあるんです。そして、扉の全体に施されているスライドパズル。
「アイアイ、得意っしょ」
香坂さん、そう言うけれど… これ、大きすぎない? スピリタスさんでも、上は届かないよ。まぁ、解かなきゃ進めないんだけれどね。
「これ、なんの絵かな?」「さっきはレッドドラゴンだったよね」「レンガの色、たくさんあるよ」「形もいろいろ… あ、あそこのレンガが取れそう」
気が付いたのはペガサスでした。虹色の翼を動かしてヨロヨロと飛びながら、天井近くの真っ黒なレンガを咥えて戻ってきました。ガラスみたいに透明なレンガです。
「そっか、みんな飛べるんだった」
そっか、そっか…。と一人納得しながら、アイは扉から少し離れて床に座り込みました。
「私が指示出すから、みんなで動かしてね。よろ~」
と言うことで、アイの適格な指示のもと、モフモフ二頭身モンスター達は一生懸命翼を動かして飛び、香坂とスピリタスは右に左に斜めにと動き、10分もしないうちに一枚の大きな絵が完成しました。
「やっぱり、レッドドラゴンだよ」「これ、何の木かな?」「気持ちよさそうにお昼寝しているね」「一緒にいるのは子ども? 妖精?」「お花もいっぱい咲いてる~」
モフモフモンスター達の言う通りでした。出来上がった絵は、青い芝の上、大きな一本の木の下で丸くなって眠っているレッドドラゴン。その周りを小さな人達が囲んでいます。
芝が黒いのは、影? なんか、影にしてはバランスが悪い気がするし、影に真っ赤な目ねぇ…。まっ、出来上がったからいいか。それより…
「スピリタスさん、あそこ」
ピースを動かしている時から、気になっていたんだよね。大きな木の幹、レッドドラゴンの上あたりにある鍵穴。あれって、スピリタスさんが借りて来た鍵がはまるんじゃないかな?
「ボク、やりたいニャ」
と黒い子猫が手をあげたので、スピリタスは頭の上に乗せてあげました。黒い子猫はチョコンとバランスよく頭の上に立つと、バランスよく背伸びをして、鍵穴に金色の鍵を差し込みました。少し大きめの、南京錠の鍵です。それをゆっくりと右に回すと…
カチン!
小さいけれど、乾いた音がしました。続いて、ズズズ… と勿体ぶったように、ゆっくりと扉が中央から左右対称に開いていきます。途端に狭い隙間を押し広げるように溢れ出てくる闘気。
さすがラスボス。今までのモンスター達とは闘気が違う。飲み込まれないように、しっかり気を張っておかなくっちゃ。
「皆はここで待っててね。激しく動かなかったら、姿も隠れるようにしとくから」
扉が開ききる前に、アイはモフモフモンスター達と香坂の下に魔法陣を描いて、強固な防御魔法をかけました。神妙な顔で頷くモフモフモンスター達と香坂。
続いて自分とスピリタスにも防御魔法とスピードアップの魔法をかけました。
前情報だと、ここのレッドドラゴンの攻撃はファイアーブレスだけ。だけど、急にレベルが上がったって話だから、新技の一つや二つあることは覚悟しておかないと。確か、このダンジョンの担当者はレベル4の魔法剣士だったっけ? 魔法と剣術、バランスよく強かったのかな? 魔法が苦手だとしても、ファイアーブレスがあるから『水系』の魔法は使えたんだろうから、それだけじゃ駄目って事だよね。… 今まで攻撃魔法の溜めは最高で3つ。でも、今のキャパシティなら5つぐらいは行けるはず。臨機応変に組んでいこうかな。まずはフルパワーで先手必勝!
「ポセイドンはオコだかんね! 海王星・バー…」
扉が半分ほど開いた状態で、アイが魔法をぶちまけようとした時でした。
「ギャオオオオオオ~ン!」
中から響いた雄叫びに全身どころか精神もビリビリと震え、唱えたおいた魔法が消えたのが分かりました。すぐに詠唱しなおすアイ。
2つ消された。戦闘開始前で助かったけれど、これは厄介かも。
気を取り直して魔法を唱えようとしたアイの目の前に、サッとメモが出されました。
「…ん? 『さっきみたいな水系の魔法を使うなら、ドラゴンの周りだけに。対応範囲を最小限にしてほしい』…あ、それな! ほんまごめんやで」
パン! と両手を顔の前で合わせて謝るアイ。ウンウンと大きく頷いたスピリタスは、小型の平らなアイスピックを一本、アイに差し出しました。メモには「護身用に」と書かれています。
「あざまる水産」
アイが受け取ったのを見て、スピリタスは扉に向き直りました。
そうだった。さっきみたいな攻撃だと、またスピリタスさんが溺れちゃう。防御魔法で直接のダメージは受けないけれど、呼吸が出来ないんじゃ駄目だよね。出来るだけ攻撃範囲を絞って、その分、効果を圧縮できるようにイメージしないと。… アイスピックにも、魔法をかけておこうかな。
コンコン。アイスピックにリップで魔法陣を描いているとドアが叩かれ、スピリタスから「入る」の合図です。広い背中がスッと少し動いて隙間が出来ると、クンとスピリタスの指が中を指さします。その先には、巨大なレッドドラゴンの姿が見え始めていました。
「行け」って事だよね。じゃぁ…
「ポセイドンはオコだかんね! 海王星・メテオリート!!」
さっきみたいには広げない。球体のまま、硬度をあげて隕石のように落として、包み込んで、水流の刃で切り刻む!
アイのイメージ通り、アイの手から放たれたサッカーボール大の青い球体は勢いよくレッドドラゴンの頭上に落ちて、その球体の中に大きな体を飲み込みます。それを合図にスピリタスが飛び込みました。
「ギャオ… ギャオギャオ… ギャオオオ!」
うわっ! 動物みたいに全身を震わせて振り払った。ちょっとショック。でも、目くらまし程度にはなったよね。あ、真正面から突っ込んでった。
レッドドラゴンが飛ばした水しぶきを避けながら、スピリタスが切り込みます。体重や重力を感じさせないぐらいに滑らかな動きで舞い上がった身体は、レッドドラゴンの頭上から真下に落ちた。ケペシュと一緒に回転しながら。
速すぎて何回切り込んだのか分からないや。落ちるだけで切り込めるんだから、フードプロセッサーみたい。わ~、鱗とか肉片とか、勢いよく飛んでる飛んでる。今日も豪快だな~。でも、それで倒れる程ヤワじゃないか。でも構造上、手も首も届かないからイライラするだろうな~。
アイのリップが宙に魔法陣を描いていきます。
「かわちぃ鋏は蟹しか勝たーん!!」
魔法陣の文字が鋏に具現化して、レッドドラゴンを攻撃しました。背中を足場に攻撃を繰り返しているスピリタスの邪魔にならないように、下半身を重点的に。
「連打!!」
大量生産です。描かれた魔法陣は、次々と鋏になってレッドドラゴンに飛んでいきます。数匹、鋏の中に蟹が混ざっていたりも。
「ギャァァァオオオオオオ!」
レッドドラゴンは煩わしそうに全身を震わせ、足をドスンドスンと癇癪を起こしたように踏み鳴らします。その揺れで鋏や蟹は消え失せました。
スピリタスさんの攻撃は有効だけれど、私の鋏はノーダメージか。あ、息を吸い込み始めた。鼻の穴がピクピクしてる。
「ブレス来る!」
煩わしいスピリタスを払いのけるように、レッドドラゴンの全身が今までで一番激しく震え、ドン! と圧をかけるようなジャンプと同時に、長い尻尾が背中を払うように激しく動きました。その一連の動きに、さすがのスピリタスも背中から落下。クルクルと猫のように体を回転させながら着地するも、レッドドラゴンの足が踏みつぶそうと襲ってきました。素早く避けるもゴウ! と大量の炎が吐き出されて、一面火の海に。
「ティティスのワルツ!」
発動した水のカーテンが炎を包み込んでいきます。
こっちの方が押されてる。このレッドドラゴン、魔法に強いのかな? 消火まで時間がかかっちゃう。
「アテナの驀進!」
アイが重ねて出した竜巻は水のカーテンを巻き込んで一気に炎を消し去り、そのままレッドドラゴンを切り刻み始めました。
「スピリタスさん?!」
姿が見えない。けど、大丈夫。きっと大丈夫。私は次の手を…
ゴウ… ゴウ…
溜めのないファイアーブレスが連続で襲ってきます。さっきはレッドドラゴンの足元だったけれど、今回は扉近くのアイに向かって放たれました。火炎放射のようです。
「攻撃は最大の防御。アテナの驀進!!」
アイはファイアーブレスを避けることなく、逆に向かっていきます。放った竜巻は一回目のブレスを天井へあげるも、次のブレスが容赦なくアイを包み込みました。体を焼く尽くすはずの炎は防御魔法で弾かれるも、熱さはダイレクトに伝わってきます。息苦しさを感じながらもアイはレイピアを手にして、炎の中を切り抜けました。
出力80%ぐらいオフでいいかな。
「バイブス上げてこ。天使の翼! ショート」
チュ! と唇を小さく鳴らすと、アイの背中に控えめな翼が現れて、ポンポンと床と空中をリズミカルに踏んで、レッドドラゴンの翼に着地しました。
成功! まだ、飛びながらの剣術は無茶すぎるもんね。あとは、回復していないことを願う!
アイは滑り台をすべるように、ドラゴンの骨ばった翼を滑り落ちると、スピリタスが足場にしていた背中に着地しました。ぐちゃり… と、沼地に踏み込んだような感覚。そこはスピリタスの攻撃で激しく損傷していて、さすがのアイも目を背けました。
「とりま、サンプル」
けれど、サンプル採取は忘れません。ミニ試験管を手に、むき出しの肉片を取ろうとしゃがみ込んだ瞬間、違和感を覚えました。
… 何だろう? 何か見落としている気がする。ビーミシュ社担当の情報? レッドドラゴンの情報? この部屋の環境? ダンジョン攻略の条件? 消えたスピリタスさん?
考えながらも肉片を採取してボディバックにミニ試験管をしまうと、立ち上がって周りを見渡しました。それは瞬間で、レッドドラゴンの尻尾が襲い掛かって来ました。
「邪魔!」
と言いつつ、翼の付け根に隠れます。レイピアで払いのけるほどの力量はないので。けれど、翼の付け根の周りもまんべんなく来ます。尻尾で先が探るように。それと、ズンズンと足踏みの振動も。
「痒いところに手が届くって感じ? まぁ、ここまでやられたら、痒くはないか」
違和感はあるけれど、考えている時間はないよね。時間がかかればかかるほど、力の弱い私の方がどんどん不利になる。勢いにのったまま、畳み込まなきゃ。
香坂さん達は無事。これだけレッドドラゴンが暴れても、見える範囲での部屋の損傷はなし。… 一か八か、やってみよう。スピリタスさんの防御魔法、消えていませんように。
尻尾の先をソロソロと避けながら、アイはボディバックの中からキャンディサイズの真っ白い石を取り出しました。
「今日の賭けはこれかな?」
エスポアの顔を思い出して、ちょっと頬が緩むアイ。バシバシ自分の背中を打ち付けるように襲ってくる尻尾を避けながら、もう一度グチャグチャにぬかるんだ背中の中心に立ちました。
「シールド・ヤヌスの門」
さらに防御魔法を重ねてしゃがみ込むと、白い石を傷口に押し込みました。レイピアの剣先で。
「頼むよ~、マーシレス・モライの歯」
バシン! バシン! と、レッドドラゴンの尻尾が激しくアイを打ち付けます。防御魔法を強化しているからダメージは受けていないけれど、振動で体が左右に揺さぶられました。
「これで… アテナの
ビリ! とレッドドラゴンの体内で静電気が起きて、剣先にあるマーシレス・モライの歯が砕けました。
アイ、違和感を感じつつも、賭けに出ます。今日の『賭け』は勝てるのか? Next→