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第71話 満身創痍でもギャルはギャル!

第七十一話『満身創痍でもギャルはギャル!』


 爆発! 大量の光と熱、そして爆風と爆音。アイはそのどれを感じる前に、爆発瞬間の波動でレッドドラゴンの背中から部屋の隅に吹き飛ばされました。


 しまった… 予想以上の爆発。香坂さん達は? … 体中が痛いし熱い、指先も動かせない。溜めていた防御魔法も発動してもこれかぁ。燃えている音が聞こえているから、レッドドラゴンも相当なダメージだよね? 頼むから、暴れないでほしい。 


 アイは胎児のようにうずくまった態勢のまま、何とか状況を確認しようと目を開けようとしました。


 瞼、引きつる感じがする。呼吸も辛いから、気管支もダメージ受けてるなぁ。この全身のヒリヒリ感、そこそこの火傷はしちゃったかな。ロリポップキャンディ取れないし… ああ、回復呪文が出来ればなぁ。


「アイアイ、ダイジョブ? しっかりして」


 … この声、香坂さん? 声が震えてる。え? あの魔法陣から出ちゃったの?


「ああ… もぉぉれ…」


 声帯も駄目?! 声がちゃんと出ない。


「痛かったらほんまゴメン!」


 泣き出しそうな声が聞こえた後、アイの口の中にズっと入って来たものがありました。


 沁みる! 痛い! … これ、ロリポップキャンディ? 味、分かんないや。


「ヤバいヤバい、ガチでヤバいって… あ、水… 水で溶かした方が、早く飲み込める?」


 水? 350mlのペットボトルがあったかな。


「でも、まずは冷やすんだっけ? この量で足りる? あ、ここにもあった」


 ペットボトル以外にも、水、あったっけ? ボディバックにある水みたいなもの… 


 全身の痛みに耐えながら、鈍ってきた思考回路を何とか動かそうとするアイに、バシャバシャ!! と少量の水分がかけられました。


「やっぱ、足りない。どうしよう… どうすればいい? アイアイ」


 これ、水? どんどん沁み込んでくる。沁みない、痛くない。


「おみた… くぅちぃ…」


「え? … あ、飲みたい? 口だね」


 通じた。でも、残っているかな?


「アイアイ、痛かったらゴメンやで。ほんと~に、ちょびっとしかないよ」


 唇、痛いけれどさっきよりはマシだ。体も。… ロリポップキャンディのおかげで回復し始めた? でも、魔力しか回復しないんだけれど。あ、水分きた。


 ポツン… ポツン… 口の中に落ちた水滴は、焼けただれた細胞の表面を濡らして、奥へ奥へと沁み込んでいきました。


「アイアイ~… ワタシ、どうしたらいい?」


 泣かないで、泣かないで香坂さん。そんなに泣いたら、メイクが崩れちゃう。パンダになっちゃう。私の為に、泣いてほしくないよ。


「アイアイ~」


 アイが触れたかったのは、大きく口を開けてボロボロと涙をこぼす頬。けれど、痛みのせいでそこまで腕を伸ばすことが出来なくて、むき出しの膝小僧に手を置くのが精一杯でした。


「… かな… 泣かないで」


 声と同時に、ゆっくりと瞼が開きます。大好きな大好きな、綺麗で可愛い香坂の顔がぼんやりと見え始めて


「ああ… ウォータープルーフ… 涙にも強いね」


 パンダになってないや。


 なんて変な事でホッとしたアイは「アイアイー!!」と、さらに香坂を泣かせてしまいました。けれど、覆いかぶさって来た重みに、少しの痛みを感じつつも、さっきより両手が動いて震える肩を抱きしめてあげられました。


 … 回復してる。それも凄いスピードで。なんで? 何があったんだろう?


 自分の上で泣きじゃくる香坂の背中を撫でながら、アイは考えを巡らせます。けれど、少し考えても回復し始めた原因が分からないので、直ぐに切り替えました。


 今、どうなっているの? スピリタスさんさんは? レッドドラゴンは? あの炎の柱は自然鎮火する? 魔力は… あれを消すぐらいは残ってるっぽいけれど… さすがに、部屋にもダメージ大きかったな。天井が崩れる前に、脱出が先かな。


 今にも崩れ落ちそうな天井が見えると、アイはさらに首を動かして辺りを見渡そうとしました。


 ズズズズズ… ズシ―ン


 あまり大きくないけれど床を震わせたその音に、アイの背中を冷たい汗が伝いました。


「往生際が悪い! アテナの驀進ばくしん!!」


 ガリっ! と口の中のロリポップキャンディをかみ砕いて、香坂の背中をしっかり抱きしめて、アイは音のした方に巨大な竜巻を飛ばします。竜巻は炎を巻き込みながら炎の柱に当たりました。


「ギャァァァ」


 レッドドラゴンの叫び声です。それを聞いて起き上がったアイは、顔を擦っている香坂の周りにリップで魔法陣を描きました。


 私の防御魔法内だったとはいっても、ボディバックが壊れてないなんて! 耐熱、耐久、耐水加工が凄すぎる。さすが、カルミア社が誇る水蚕の糸で作られた生地! これ、社長に要報告だね。


「香坂さん、今度こそ! 動いちゃダメだかんね。シールド・ヤヌスの門」


 あ、今ならスピリタスさんの気持ち、分かるな。


 自虐的な笑みを浮かべたアイの手を、香坂がギュっと握りました。


「アイアイ、逃げようよ。ガンダで逃げよう」


「このダンジョン、死ぬかレッドドラゴンを倒すしか、脱出手段なさそうじゃん」


 逃げられるなら、入り口に戻った時に香坂さんだけ帰していたって。こんな危険な目に合わせたくないもん。


「あ… そうだった。でも…」


「今日の私、パギャルじゃないっしょ! 今までとはレべチなんだから、見ててよ!!」


 心配する香坂に満面の笑みを見せたアイは、香坂に背中を向けた瞬間にその顔を引き締めて、炎の柱に向かって歩き出しました。


「とは言ったけど、ウィッグ溶けてショートになってるぅ。地毛は無事だからいいけどぉぉぉ。はぁ… 体の稼働率は70%まで回復してるけれど、痛みは残ってるなぁ。魔力の残量もそこそこ」


 ブツブツと呟きながら、周りを注意深く観察するアイ。


「炎には影が出来ない。なぜなら、炎そのものが光だから。… て、ガッコ―でやったなぁ。じゃぁ、これは何だろう?」


 ほんの少し、炎の熱が皮膚を舐める位置で、アイの足が止まります。ゆらゆら動く、真っ黒い影をギリギリ踏まない位置。


 … 大きな影。あ、扉のスライドパズル。そっか、なるほどね。


「このまま『かくれんぼう』なんて、ありえんてぃだよね。私、今メッチャテンアゲだから、かまちょ☆ レべチでいくよ!『イシック!』」


 スッと上げた右手に光の玉が生まれ、勢いよく床に叩きつけられます。まばゆい光が四散して、辺り一面、影という影がなくなりました。


「バレちゃいましたね」


 聞き覚えのある声に、ゾワゾワと強い嫌悪感。身に覚えがありすぎるその感覚に、ギュっと瞑った目を勢いよく開けたアイ。


「上手く隠れていたんですが、貴女の方が一枚上手でしたね」


 煌々と輝く床に立っていたのは、中世ヨーロッパの騎士のような服装の上から黒いローブを羽織って、白い手袋をはめ男。長い銀髪を紫のリボンで纏めて、一見人のよさそうな紫の瞳でアイを見つめ、柔らかくって穏やかな声でアイに話しかけました。


 ここは、いつもの部屋じゃない。魔法は有効。


「満身創痍だけどね」


 さぁ、どう出る… 魔法? レイピア?


「そのようで。その恰好は貴女に似つかわしくないですし、美味しいお茶をお煎れすることも出来ません。なので、私の部屋に参りましょう」


 コツ、コツ、コツ… 男は右手を差し出して、ゆっくりと近づいてきます。


 魔法? レイピア?


 ゆっくりと距離が縮むたびに、アイの中で嫌悪感が膨らみ、脂汗が垂れてきました。


「さぁ、私の愛しいお姫様」


 コツン。目の前で男が止まった瞬間、アイの頭の中は真っ白になって、自然と男の胸の中に倒れ込みます。手にアイスピックを構えて。同時に、男の体はドン! と後ろから衝撃を受けました。


「え…」


「ソクサリ「サルタヒコの靴!」」


 男の意外そうな声と、アイの呪文は同時でした。男の腹に刺さったアイスピックが光ったと思ったら、その光はすぐに男を包み込んでパっ! と消えました。男ごと。


「… スピリタスさん」


 男が消えて、目の前に立っていたのはケペシュを突き出した格好のスピリタスでした。その姿を見てホッとしたアイは、ヘナヘナと床に座り込みます。ズルッと下がった視線は、突き出したケペシュの剣先の下、床には数滴の血を映してグラリと大きく揺れました。


「美月!」


 あ、スピリタスさんに呼ばれてる… 返事、しなきゃ。と、思いながらも意識を失いました。


 アイ、満身創痍ながらもあの男を初撃退です! でも、レッドドラゴンはどうするの? Next→


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